菊地成孔×森直人が語る、映画批評のスタンス 「湧いてくる悪文のリズムには忠実でありたい」
音楽家/文筆家の菊地成孔が映画批評書『菊地成孔の映画関税撤廃』を刊行したことを受けて、2月9日に東京・BOOK LAB TOKYOにて、映画評論家の森直人をゲストに迎えたトークイベントが開催された。自身3冊目の映画批評書となる本書の執筆の裏話や、批評についての考え方、そしてトークショー翌日に授賞式を控えた第92回アカデミー賞の話題についてまで話は及んだ。(編集部)
菊地「重要な指摘をするためにものを書いている」
森直人(以下、森):『ユングのサウンドトラック 菊地成孔の映画と映画音楽の本』が2010年ですよね。前作の『菊地成孔の欧米休憩タイム』が17年だから、『菊地成孔の映画関税撤廃』は2年半ぶり。比較的早いスパンでした。
菊地成孔(以下、菊地):2015年にリアルサウンド映画部で欧米圏以外の映画、特に韓国映画を中心に取り上げて批評する連載が始まって、それが『欧米休憩タイム』になった。韓流熱がエボラのように高いときに書いたんですよね。でも、BTSがあそこまで盛り上がって、個人的にはその熱が少し落ち着いてしまった。
森:今回はそれ以降の、またフェイズが変わったということでよろしいんですかね。
菊地:僕はもともとアカデミー賞が好きで、同時中継も見るし翻訳版も見て、競馬の予想みたいに楽しんでいたものの、仕事としては触れていませんでした。で、本を1冊出したところ、一旦韓流はやめて、いよいよ関税は撤廃して、欧米だけでなくあらゆる国の映画を観るという連載を始めました。だけど、気がついたらハリウッド映画ばっかりになった(笑)。
森:関税撤廃というのは、元に戻るという感じですよね。そもそも限定性に囚われない見方をされていたと。
菊地:そうです。完全に撤廃した結果、スペイン映画やスウェーデン映画、メキシコ映画はやっぱり関税率が高いことに気づきました。フランスもだいぶ高くなりましたね。
森:それはよくわかります。
菊地:僕は、昭和がA面で平成がB面、令和はレコードが取り替えられたと考えていますけど、A面の頃は、ヨーロッパの映画とアメリカ映画の関税率は変わらなかった。だけど、今の関税率でいうと、ちょっとヨーロッパは高いです。
森:今のお話と関係あると思うんですけれども、この本で最初に取り上げられているのは、『スリー・ビルボード』です。この章では、関係国の人間が描く合衆国、というテーマが設定されている。たとえば、英国人監督エドガー・ライトによるデトロイト映画の『ベイビー・ドライバー』や、チリのパブロ・ラライン監督が撮ったジャクリーン・ケネディの映画『ジャッキー/ファースト・レディ 最後の使命』。非アメリカ人が撮った映画が、全部アメリカ映画として、しかも純アメリカ映画のような顔をして流通している。むしろ純アメリカ産よりも疑似アメリカ映画のほうが今は濃いアメリカ映画じゃないかという。重要なご指摘だと思います。
菊地:これは…………あの…………はい。“重要なご指摘”なんですよね(笑)。僕は重要な指摘をするためにものを書いているのですが、遮蔽物が多いのか文章が下手なのか何なのか、肝心の指摘が届かないんですよ(笑)。
森:菊地さんの言語パフォーマンスの素晴らしさ、大蓮實(本書のあとがき参照)先生風に言うと“誘惑のエクリチュール”の美しさっていうのは皆さんご存知だと思いますが、映画批評をやっている身からすると、すごく重要なご指摘マシーンですよ。裸の王様の少年みたいなところもあると思います。
菊地:でも、言ってもあまり届かない。届く人には届くんだけど、できれば全地球上に届けたいんですが(笑)。