菊地成孔の『アベンジャーズ/エンドゲーム』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』評: <第二経済>としての<キャラクターの交換>を前に我々ができることは、<損得>だけである

菊地成孔の『アベンジャーズ/エンドゲーム』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』評: <第二経済>としての<キャラクターの交換>を前に我々ができることは、<損得>だけである

<第二経済>は

 正規の経済用語であるわけがない。勿論、仮想通貨の話でもない。今や市場経済ー生活経済ー第一経済ー現実経済に並行している経済活動、キャラクターのトレーディングの事だ。

 並行関係であるが故に、二者には必然的にシンクロが起こる。ウォルト・ディズニー・カンパニーは近い将来、ヒンドゥー教自体をも買収するだろう。キャラクターの宝庫だからである。それからイスラム教を買収し、最終的にはキリスト教、ユダヤ教を買収するであろう。その際に必要であらば、28世紀フォックスさえ設立するであろう。

 地球上のすべてのキャラクターが一つの会社に買われ、一つのコンテンツ内に帰属する、等という、大英帝国やアレキサンダー王のような事は、第一にはあるわけがないし、第二にはあってはならない、そして第三には、だからこそ夢想してしまう。というのが、スピルバーグの『レディ・プレイヤー・ワン』の裏テーマであろう(表テーマは「友情に端を発する、全てのバディ関係の素晴らしさと恐ろしさ」)。

この、第二経済の起源がいつからなのか

 経済学も社会学も学んだことがない筆者には想像もつかない。市場経済こそ、相当むかしからあるだろうな、と想像する程度で、資本主義がその名を持つようになったのは19世紀半ば、ウォルト・ディズニー・カンパニーの設立はたかだか20世紀の初頭である。高校生も自宅で株をやる、という資本主義による自殺行為が始まったのは、ついこの間ではないだろうか。

 しかし、ジャパンクール音痴を持って自他共に認める身でありながら、ポケモンは流石にヤバいと思う。最初からトレーディングカードが中枢にあるからである。勿論その始祖には伝説のカルビー食品の仮面ライダーカードがあり、現在の第二経済の直接的起源と言うことも容易い。子供達は競ってカードを「交換」し、その根拠ははっきりと「株価」だった。だが、始祖は始祖というぐらいに、鳥と同じく空を駆ける自由な生き物である。戦前から玩具は交換を子供達に経験させる側面を持っていたとも言えるし、有名なヤップ島の巨大石貨、文化人類学の交差イトコ婚、経済学、文化人類学、考現学、そんなものを持ち出してMCU作品の批評をしたところで、誰が喜ぶだろうか? ここはネットだ。

しかし、今や我々が

 経済のセカンドラインをはっきりと持っていないと生きられない(自分も、社会も、第一経済も全て)所にまで来ていることは間違いない。そしてそれは、「キャラクターの交換」なのである。我々はキャラクターを交換し続けるという経済行為の為に生きており、よくある話だが、最初は自ら望んでいると思っているが、誰かにやらされている。

 その証拠に、我々はこの行為を、ある時、自分から気ままに止めることができない。要するに構造である。アニメファンや地下アイドルの追っかけに生理的な嫌悪感を持てるだけの、経済的、宗教的基盤を失った我々は、人類としてはっきりと進化したのである。そしてこの行為は、経済のセカンドラインのみならない、もうお気付きの通り、宗教のセカンドラインでもあるし、政治のセカンドラインにも、猛スピードで距離を詰めている。

 何でもかんでも「令和だから」というのも野暮な話であるが、ジャニーズ事務所と吉本興業という、オーヴァーグラウンド・エンターテインメントの2大帝国が激震というに相応しい揺れかたをしている。この事も、時代への炭鉱カナリアの、喉から血が出るほどの絶叫である。我が国独自のキャラクター論(ちびまる子ちゃんは循環時間を生きているとか。戦闘美少女がどうしたこうしたとか)を、神道や仏教からの暗喩で語っても、もはや意味はない。筆者が言う「我々」は、勿論、日本人のことではない。地球人のことだ。

 今更批評として指摘するのも馬鹿馬鹿しいレベルの話ではあるが、MCU(マーベル・シネマティック・ユニヴァース)が、スターウォーズ・シリーズを王の玉座から引き摺り下ろした実力の源は、スターウォーズ・シリーズが直線的な歴史をシャッフルして繋いでゆくサーガ形式であり、キャラクターの交換行為という意味では、MCUのディシプリンである「ユニヴァース」形式よりも古く、特に株価の設定がカスタマーに完全譲渡されず、制作側の操作が介入している事が払拭し切れていないという点で、旧世代文化としてクラッチされているからである。

 手塚治虫記念館に行くと、発表当時はユニヴァース形式ではなかったキャラクター群が壁画のように一堂に会している。おそらく、藤子不二雄記念館も、赤塚不二夫記念館も同じであろう。筆者は、火の鳥からブラックジャック、リボンの騎士から鉄腕アトムからジャングル大帝までが、遠近法に沿って「その場に一堂に会している」事を画角の中で明言した、手塚治虫死後の、関係者の心の中にあったものが、近代ユニヴァース物の原点だと暫定する。最初の「アヴェンジャーズ」は、兵庫県宝塚市に現れた。しかし、大変残念な事には、この、世界で最初にしておそらく最強のアヴェンジャーズは、集合しただけで一切の活動を行なっていない。

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