星野源から漂う知性と品格 俳優兼ミュージシャン活動で確立した独自の立ち位置
ところが昔の星野源は、再放送中(しょっちゅう休止しているが)の朝ドラ『ゲゲゲの女房」(NHK総合)では控えめな雰囲気でヒロインの弟を演じていた。宮藤官九郎の傑作落語ドラマ『タイガー&ドラゴン』(TBS系)では坊主頭の素朴な落語家の弟子。人気を誇った青春群像ドラマ『ウォーターボーイズ』(フジテレビ系)では多数いるシンクロ部のひとりだった。時系列的には『ウォーターボーイズ』(03年)→『タイガー&ドラゴン』(05年)→『ゲゲゲの女房』(10年)とちょっとずつ世の中に浸透して『逃げるは恥だが役に立つ』(16年)で大ブレイク。下積みが長かったというわけではなく、マイペースに好きなこと(音楽とか演劇とか)をやっていたら時代が追いついたという印象で、与えられたものを懸命に演じる者というよりも、星野源自身も含んだ星野源の作品が広く好まれるようになったように感じる。だからこそちょっと知的な雰囲気漂わせる研究者的な役が似合う。つまりシンクロ部の素朴な少年とかヒロインの弟とかは役不足だったのだなという気さえする。こうして彼に合った役が来るようになって、水を得た魚のように、のびのびと演じているのではないだろうか。
第一話で登場して以来、出番がなかなかない大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK総合)の帝大法学部出身の外交評論家・ジャーナリストの平沢和重の出番が待たれる。この役こそ知性の極地。星野のシャープな視線が大いに生きる役だろう。第一話では1964年のオリンピック招致を目指して英語でスピーチをする場面を流暢な英語で演じた。史実では15分間(ほかの国よりは短いが端的な内容が良かったという)の演説は本編で全部使用するわけではないが通しで撮影して大変だったらしい。史実でほかの国のスピーチより短いとはいっても15分の長台詞だとしたらかなり大変。そこは舞台経験も豊富な星野だから安心とは思うが、英語で15分はなかなかハードルが高そうだ。それでも第一話を見た限りでは星野源、さすが! という感じだった。
繰り返しになるが、お馬鹿な人物による純粋な言動の愛らしさを描くドラマや映画もすてきだが、知性や教養に裏打ちされた人物のことを描いたものも我々には必要だ。星野源はそこを担っているひとり。彼がその他の、知性派俳優と違うところは、知性という理論のほかに、芸術という感性も優れているところだ。頭カッチカチな人物としてそこに居ることで面白くするだけでなく、歌うように奏でるように柔らかく物語の道筋を案内してくれる、なかなかいない人である。無数の音を組み合わせながら感情や本能を振るわせていく、まったく音楽家最強と思わざるを得ない。
■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。
■公開情報
『引っ越し大名!』
全国公開中
出演:星野源、高橋一生、高畑充希、小澤征悦、濱田岳、西村まさ彦、松重豊、及川光博ほか
原作・脚本:土橋章宏『引っ越し大名三千里』(ハルキ文庫刊)
監督:犬童一心
配給:松竹
(c)2019「引っ越し大名!」製作委員会
公式サイト:http://hikkoshi-movie.jp
公式Twitter:@hikkoshi_movie