吉沢亮、『なつぞら』天陽として視聴者の心を鷲掴みに 遺された絵に刻まれていたもの

『なつぞら』天陽が遺した絵に刻まれていたもの

 しかし、今のなつは、絵を動かすことのトキメキとは程遠いところにいる。上京以降のなつは天陽に向かって「純粋さ」や「絵の価値」に対する考え方の違いを語るようになる。例えば、「社会の価値観とは関係のないただの絵を描いていきたい」と言う天陽に対し、「私の絵は人から認めてもらえなければ何の価値もない」と言うなつ。「作るのは食うため、絵を描くことは排泄」と言う天陽に対し「そうやって純粋に生きられたら」と呟くなつ。アニメーター、作画監督として責任ある仕事に邁進してきた彼女だからこそ、純粋に好きな絵と向き合うことの楽しさは遠ざかり、優の傍にもいてやることもできず、方向性を見失っている。彼女が上京し、好きなことを仕事にすることで失ってしまった純粋性を、農家で画家であり続けた天陽は変わらず持っていた。

 「単純に好きな絵を描くことは世の中で一番難しいことかもしれない」と天陽はかつてなつに言った。しかし、純粋に「好きな絵を描く」とは何なのか。好きな絵を描くために農業をしているはずだった天陽も、農業を続けるため、家族のために絵を描くようになった。彼もまたなつと同じなのである。絵を描いて売ることも「収穫の一つ」で「狩りと同じ」で、土地と家族を愛する自分も絵を描くことを愛する自分も全て含めて「俺は俺でいたいだけ」なのだと、あるがままを受けいれる彼の言葉は、仕事に対する熱意を失いつつあったなつの心を揺さぶり、次のステージに進ませることになるのだろう。

 大地に根付いた天陽の魂は、彼が死んだ大地に身を重ね涙する靖枝(大原櫻子)と、幼少期の天陽と同じように離農を拒んだ子供たちに引き継がれた。天陽と向き合うことによって、幼い頃の自分自身と向き合うことになったなつは、この先どう進むのか。彼女は優や一久(中川大志)と共に、「絵を動かすお仕事」に真摯に向き合うことができるのか。残り一ヵ月を切った『なつぞら』、これからが正念場である。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
連続テレビ小説『なつぞら』
4月1日(月)〜全156回
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、松嶋菜々子、藤木直人、戸次重幸、吉沢亮、大原櫻子、犬飼貴丈、増田光桜、中川望、古川凛、小林綾子、草刈正雄 ほか
制作統括:磯智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中正、渡辺哲也ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

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