『きみと、波にのれたら』不完全な者たちの等身大の姿 湯浅政明監督作にある“対比構造”を紐解く

『きみ波』苦難に立ち向かう人へのエール

 湯浅政明が監督を務めた『きみと、波にのれたら』が6月21日より公開された。前作の『夜明け告げるルーのうた』で世界でも有数の国際アニメーション映画祭であるアヌシー国際映画祭にてグランプリにあたるクリスタル賞に選ばれるなど、国際的に注目を集める日本を代表するアニメ監督の1人である。

 そんな湯浅監督作品の特徴といえばドラッグ作画とも称される独特な線や絵の動きに注目が集まるだろう。本作でも水が重要な役割を果たしており変幻自在な動きによってアニメならではの快感を発揮している。湯浅監督作品を語る際はアニメ特有の動きについて言及する方が多い印象を受けるが、今回は物語の特徴から本作ではどのような作家性が発揮されているか考えていきたい。

 湯浅作品の大きな特徴の1つが“不完全な主人公や登場人物への愛”と言えるのではないだろうか? 湯浅の名前を一躍世界中に知らしめ、今でも多くのクリエイターから絶賛されている『マインド・ゲーム』は、好きな女性に告白できず、またその女性がピンチの際に逃げ出そうとしてしまうような、いわゆるヘタレな男が主人公であった。またそれ以外の登場人物も借金取りや暴力団員から逃げ回る家族のような、恵まれない状況にいる人たちである。そしてそのような人たちへの人生賛歌が描かれている。

 また近年アニメ化を担当することが多い森見登美彦原作の作品である『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』といった作品も、好きな女性にアタックすることのできない奥手でこじらせた大学生が主人公である。童貞小説などと呼称されることの多い森見登美彦のコミカルな作風と相まって人気を博した作品だ。

 湯浅監督が手がけたテレビアニメ『ピンポン』も才能の壁を残酷なまでに描く。類い稀な才能を持ちながらもそれを磨くことのできなかったペコと、ペコに匹敵する才能を持ちながらもそれを発揮することができなかったスマイルのライバル関係が物語の中心となっている。しかし、テレビアニメ化の際に追加されたオリジナルエピソードでは、中国から来た留学生であるコン・ウェンガなどのサブキャラクターを魅力的に描くシーンが多く、原作よりも強く印象に残る作品となっている。上記の作品は原作があるために何でも好きにできるということはないだろうが、女性に積極的になれない主人公や才能があるにもかかわらず何らかの壁にぶつかってしまったキャラクターを重点的に描く作品が多いのは決して偶然ではないだろう。

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