『きみと、波にのれたら』不完全な者たちの等身大の姿 湯浅政明監督作にある“対比構造”を紐解く

『きみ波』苦難に立ち向かう人へのエール

 それでは『きみと、波にのれたら』はどのように描いたのか。今作ではオムライスが何度も描かれており、オムライスをうまく作ることができないことでヒロインであるひな子の不完全さを強く印象づけている。また冒頭のシーンでは、引っ越ししたばかりの部屋の中で倒れてくる段ボールを必死に抑えていることから、ひな子が現状にそこまで余裕がないことが伝わってくる。

 一方でひな子の恋人である港はオムライスをうまく作れるなど完全性を強調し、ひな子だけでなく港の同僚である山葵と対比となるような描かれ方が印象的なキャラクターだ。山葵は火事が発生したマンションの屋上に取り残されたひな子を必死に助けようと階段を上がってきたのにもかかわらず、レスキュー車によって助けに来た港がいいところを持っていってしまうなど、山葵の存在もまた港の完全性を引き立たせている結果となっている。

 この対比関係は前作の『夜明け告げるルーのうた』でも発揮されている。主人公であるカイは動画投稿サイトで話題になる音楽を作ることができるが自分に自信を持つことができない少年である。そこに現れる人魚のルーは天真爛漫で歌うことや人前に出ることに一切の躊躇がない。自信がもてないカイと、自信にあふれたルーのコンビが対比関係となっているのは、本作と同じ構図と言えるだろう。このように湯浅政明は“不完全な人、自分に自信を持てない人”に対して優しく見守りながら応援するような視線を一貫して描いてきた。

 本作は『ゴースト ニューヨークの幻』の影響を強く受けており、湯浅監督自身も基本的に4人の登場人物の物語にするなど意識した作品と明かしている(参照)。“亡くなった男性が恋人を想い続ける”という基本的な構造は同じなのだが、幾つかの部分で大きな違いがある。『ゴースト ニューヨークの幻』では中盤以降サスペンス要素もあるのだが、本作においては4人の関係性を壊すようなサスペンス要素はほとんどない。悪人との対峙などの要素は最小限にとどめ、あくまでもひな子と港の恋愛や人間的な成長を中心とした物語となっており、よりストレートに2人の関係性とその変化を楽しむ物語となっている。

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