『町田くんの世界』は古典作品のような味わいに 石井裕也監督が込めた現代人へのメッセージ

松江哲明の『町田くんの世界』評

 終盤、映画内では「とんでもないこと」が起こります。私はこのとんでもないことが、人間賛歌であり、世界を肯定する力のように思えました。「いま、一体何が起きているんだ?」と思ってしまう一方で、「ひょっとしたらあり得るんじゃないか?」と納得させられてしまう快感とリアリティがありました。恋って素晴らしいという程度ではなく、理屈を飛び越えて、「ただただ人間ってすごい!」って思わせてしまう力強さがあるような。震災を経験したことで何が起きても受け入れてしまうえるようになってしまったからこそ、こんな素敵なことも起きるんじゃないかという願望が映っているのです。それをちゃんと見れているのは、町田くんをちゃんと見ていた人だけ、というのが皮肉だったりするのですが。あの電車の光景は「今」が描写されていました。私もスマホばかり見てはいけないな、と改めて思いました。

 実は、この「とんでもないこと」も、唐突に起こるわけではなく、冒頭から丁寧に伏線を張っているのがさすだな、と思います。私は映画を観ながら「こんなふうになったらいいな」と思ったことが、そのまま本当に起こったので感動したのです。冒頭の映像からラストシーンまで、突飛なようで考え抜かれています。しかし、完璧を目指さない。だからこそ作品自体にジャンプ力があるんだと思います。完成度の高い映画を作り続けてきた石井監督だからこそ、この飛躍に勇気を感じました。そしてその演出を信頼したスタッフの力も。

 この映画はいつか自分の子供たちに見せたいですね。北村有起哉さんが演じた町田くんのお父さんが、「この世界は広い。驚くことが沢山ある。だから楽しい」と伝える場面がありましたが、まさにそのとおりだと思います。新作映画なのに、どこか古典映画を観たときのような教訓もあり、数年おきに見返したい1作となりました。見終わって「ありがとう」と言いたくなるような作品です。

(構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。

■公開情報
『町田くんの世界』
全国公開中
出演:細田佳央太、関水渚、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子
監督・脚本:石井裕也
脚本:片岡翔
原作:安藤ゆき『町田くんの世界』(集英社マーガレットコミックス刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)安藤ゆき/集英社 (c)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/machidakun-movie/

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