>  > 菊地成孔の『天才作家の妻 40年目の真実』評

菊地成孔の『天才作家の妻 40年目の真実』評:よく言うよね<愛すべき佳作><小品だが良品>でも、今時そんなモンあるのか?この作品以外で

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もう、絵に描いたような「愛すべき小品」

 この、昨今ではとんと見なくなった、絵に描いたような<愛すべき佳作><小品だが良品>である本作は、先月末から公開されているし、先日、仕事で北京往復のJAL機に乗ったのだが、既に機積されていたので、たった今評を出すのは、若干遅きに失した感は拭えないのだが、とにかく、まだ公開中である劇場を見つけたらぜひ足を運んで頂きたいし、海外旅行や出張で、機内鑑賞の機会がある方は、迷わず本作を選んで頂きたい(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』とかにしたい気持ちは抑えて頂いて)。あなたの行く先が、如何なる国で、如何なる要件であろうと、その旅は、幾分、ハートフルな温かみが加味される事になるだろう。筆者と本作は、あなたの期待を絶対に裏切らない。

「ノーベル賞受賞者映画」として(へー、こんな風なのね)

 「ノーベル賞受賞者」が、どう言う過程を経て受賞を知り、その後、どう言う過程を経て授賞式に赴き、授賞式の会場内はどんな景観で、出されるディナーはどんなもので、、、、といったほとんどを、結構な頻度でノーベル賞受賞者を出す我が国の国民である我々は、テレビのニュース番組などによって、既に知っている。例のあの、悪くもない雰囲気を、本作はきちんと抑えた上で、さらに深い詳細ーー1人の受賞者につき、通訳や滞在期間中の従者がどのぐらい付くのか、報道カメラマンの存在、充てがわれるホテル、授賞式のリハーサル、授賞式中の式典テーブルでの、スエーデン皇室の人々や、全く多ジャンルの受賞者との会話、等々ーーを、劇映画のリージョンの中で、過不足なく捉え、描いている。

 思い返せば、「あっても良さそうだが、意外となかったジャンル」である。恐らくドキュメンタリー・フィルムでも無かったのではないか? テレビの報道カメラによって既知のものを、劇映画で初めて追体験する感覚は、端的に懐かしいし、心地よい。劇映画というメディアが持つ、古い人工性の癒しを、本作は101分間、惜しげも無く満たし続ける。それはまるで、北欧の強烈な酒の香りが、暖炉のある広いバーラウンジに立ち込めているようでもあり、我々がサウナ風呂と呼ぶ、北欧式蒸し風呂に満たされている湯気のようでもある

 「新・北欧映画」としての、例えば『フレンチアルプスで起きたこと』『ザ・スクエア 思いやりの聖域』『THE GUILTY ギルティ』のような、現代北欧のリアル、を描く作品群が一律持っている、ある種の奇妙な悲惨さや荒廃、といった感覚が全くなく、夫婦愛を描いたヒューマン(コメディ=相当笑わせるんで)ドラマとして、寒い国だけに、暖かい、暖炉の前でくつろいでいるような通奏感は、おそらくサンタクロースまで繋がっている。これは、変形したクリスマス映画であると言っても良い。

しかし、ゴリゴリの「ハリウッド映画」ではない

 資本はイギリス、スエーデン、アメリカの合作制、監督のビョルン・ルンゲ(57歳)は、案の定、監督業の他にも小説を出版したり、有名な国立劇場スエーデンシアターで舞台の演出などもしている、文芸の総合派である。脚本のジェーン・アンダーソンはアメリカ人の壮年女性、原作者メグ・ウリッツアーも壮年の女性ニューヨーカー、物語は、一歩間違えばハードコアなフェミニズム映画にでもなってしまいそうな危険な橋を、避けるでも逃げるでもなく、ギリギリで上手く渡り切る。一方、美術系とも言えるプロダクションデザインン、衣装、音楽は共に英国人。

 その結果、前述の通り、ハートフルかつ、安易な夢物語ではない、苦味もしっかり込めた、しかしながら「夫婦愛を描いたヒューマン(コメディ=相当笑わせるんで)ドラマ」の範囲にきっちり収めている。50年代までのハリウッドにはお家芸だったこの路線も、今やハリウッド単独では無理になってしまった。しかし、こうした方法があるのか、と、軽く目から鱗が落ちる作品でもある。

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