菊地成孔の『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』評:<35ミリフィルムを使って70年代を再現した系>映画。の最高傑作としても全く異論はない。誠実で奇跡的な傑作

菊地成孔『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』評

「SEX<E>S」ですよ!!

 タイトルだけ聞いたらエロ映画だと勘違いする人も多かろう。ここでの「セクシー」は日本人の大半が知る「セクシー」ではない。我々が知っている「セクシー」は「SEXY」であり、ややトートロジーめくが、「セクシー」のことだ。

 しかしここでの「セクシーズ」は「SEXES」つまり、単に「SEX(性別)」の複数形であり、若干の意訳を施せば、タイトルは「性別の闘争」といった意味になる。本作は1973年に行われた、女性世界一のテニスプレーヤーと、元男子世界一のボビー・リッグスによる、世界初の男女混合戦を描いている。

 筆者は個人的に、本作が2018年度の最高傑作になるのではないかと思っている。評価基準にならないのではっきり書くが、かなり泣いたし(というか、冒頭で、完全にテニスプレーヤーの体型と顔つきに改造したエマ・ストーンが、ジョディ・フォスターの顔だったこと、しかし、タイムマシンで20年前に本作ができたとしても、背の低いジョディ・フォスターが演じることはなかったであろうことに気がついたことが重なった瞬間から、落涙し始め、最後まで泣き続けていた)、冷静に三回見直したが、本当に素晴らしい。誠実で緻密で結晶度は極めて高い。

 少なくとも、「35ミリフィルムを使って、1970年代を再現した映画」史上の最高傑作であることは間違いないのではないか。PCやスマートフォンのプラグイン・エフェクトではなく、実際にコダック社が量産体制に入った(これにはタランティーノやノーランが大きく尽力している)、一度は廃盤にならんとしていた35ミリフィルムを使い、ザラついたローファイな画面、あらゆる時代考証をしっかりやって、70年代の音楽をツボを心得た選曲センス、「擬似70年代映画」を作る、というのは、もう、一つのジャンルであるとも言える。

 しかしそれは、オリジナル脚本になれば、ヒッピー感覚もしくは70年代式のオフビートなハードボイルド感覚、が扱われやすく、要するに美学的な偏向が生じる。

 功労者であるタランティーノの『ジャッキー・ブラウン』だけでなく、P・T・アンダーソンの『ブギーナイツ』『インヒアレント・ヴァイス』、シェーン・ブラックの『ナイスガイズ!』等々、作品の出来と関係なく、枚挙に暇がない。読者諸氏も、いくらでも思いつくことだろう。

 そしてこの美学的傾向を決定的にしたのが、例えばアルトマンの「擬似」ではない「真正」の70年代映画『ロング・グッドバイ』で、この作品などこそまさに「ヒッピー&ハードボイルド」なので、いわば美学的な原型化である。本作の監督、ヴァレリー・ハリス、ジョナサン・デイトン夫妻は「FOX SEARCHLIGHT MAGAZINE」のインタビューで、オルトマンの『ナッシュビル』や、ジョン・カサべテスの諸作を参考にした、と語っている。

 これは、同じく真正70年代映画のポランスキー『チャイナタウン』(描かれるのは30年代後半)などを含めた最高級品から、B~C級搾取映画の駄菓子まで含め、まず「70年代映画の美学的傾向」が70年代にフィクスされ、それが90年代以降から現在まで、「劣化されないコピー」として受け継がれている構図だと言える。

 80年代の再現、60年代の再現、50年代の再現などと並び、21世紀映画というのは、こうした「ある年代の再現力の格段の進化」という技術的な変革が、VFXなどと並び、映画のイマジネーションを律しているとも言っても過言ではない。機材のヴィンテージ性が美学のそれを律するのは音楽も同じだ。

 この傾向は後述する「史実の映画化」という力学との拮抗、という構図によって、よしんば下火にしたくとも出来ないほどエネルギーの充溢がある。そんな中、最高傑作である本作が生まれる。

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