『くるみ割り人形と秘密の王国』は実写版『ファンタジア』? ディズニーらしい想像力が冴え渡る

『くるみ割り人形と秘密の王国』を徹底解説

 つまりはホフマンの原作、そして有名なバレエ演目それぞれの要素を加味しながら、チャイコフスキーの音楽というひとつの可視化されていない作品を、独自の解釈によって映像化したということでもある。そして、『ファンタジア』がアニメーションという手法の可能性を無限大に広げたのと同様に、本作は旧来のフィルム撮影によって作り出されるビビッドな映像と、現代の映画技術であるVFXを共存させていく。ある意味で、オリジナリティの枯渇と映像の飛躍的な進歩という2つのターニングポイントに置かれている実写映画界の未来を提示しているという見方もできるわけだ。

 もっとも、映像に重きが置かれているだけあって、そのストーリー性に関しては、良く言えばかなりシンプルな(悪く言えば陳腐な)ものになっていることは否めない。それでも、母親の死を受け入れられずにいるクララが、母親が遺したものと出会い、父親との関係を修復させるという基本的なプロットは、いかにもラッセ・ハルストレム作品らしいウェルメイドなものであり、そこに一抹の不快感も生じない。むしろ、異なるテイストの作風を生み出してきたジョー・ジョンストンと共同監督という、90年代の頭で考えると実に豪華な取り合わせが、近年不完全燃焼の続いていたハルストレムの本来の姿を取り戻す火付け役になってくれたのではなかろうか。

 初期の代表作である『やかまし村の子どもたち』を皮切りに、『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』や『サイダーハウス・ルール』など少年期・思春期の登場人物の繊細な心情や孤独感を描くことに長けているハルストレム。本作のクララの、未知の世界に戸惑いながら自分自身のアイデンティティを確立していく姿には、ハルストレムの映画に求めるべき人間ドラマが毅然と描写されているといえよう。それは『くるみ割り人形』という物語の持つ普遍的なテーマと、それによる脚色性の豊かさの利点ももちろんあるが、やはりクララを演じたマッケンジー・フォイの存在によるところがかなり大きい。

 序盤の彼女が見せる険しい表情や困り顔、口数少なく感情を押し殺すその姿。そこから徐々に目が輝いていく過程を観るだけで、観客は安心感さえ覚える。彼女の表面に現れている感情は、目が眩むほどの色彩の中でも一寸たりとも怯むことはないのだ。『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part1』でのスクリーンデビューから『インターステラー』を経て(しかもそれから本作まで実写劇場用映画に一本も出ていないようだ)、子役から一気に成長を遂げたマッケンジーの放つ圧倒的なプリンセス感は、『シンデレラ』のリリー・ジェームズはもちろん、『美女と野獣』のエマ・ワトソンさえも凌駕する途方もないスター性を感じずにはいられないほどだ。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『くるみ割り人形と秘密の王国』
公開中
監督:ラッセ・ハルストレム、ジョー・ジョンストン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
指揮:グスターボ・ドゥダメル
出演:キーラ・ナイトレイ、マッケンジー・フォイ、ヘレン・ミレン、モーガン・フリーマン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2018 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/kurumiwari.html

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