『くるみ割り人形と秘密の王国』は実写版『ファンタジア』? ディズニーらしい想像力が冴え渡る

『くるみ割り人形と秘密の王国』を徹底解説

 たとえばクリスマスの夜にドロッセルマイヤーから“くるみ割り人形”をプレゼントされるのが主人公のクララではなく、その弟のフリッツであるということと、実質的にその“くるみ割り人形”がクララを誘うのではなく、小さな卵型のケースの鍵を得るために秘密の王国に迷い込んでいくということ。また“くるみ割り人形”にされた王子ではなく、“くるみ割り人形”が人間になったフィリップがクララを導くということ。そして何より、クララが迷いこむ先がネズミが支配する国ではなく、“お菓子の国”と“花の国”と“雪の国”、そして“第4の国”と呼称されるようになった“遊びの国”がある世界で、ネズミは単なる登場キャラクターの一端に過ぎないこと。まったく装いを新たにした世界を舞台にし、“遊びの国”を統治するマザー・ジンジャーが調和を乱して世界を支配しようとしていることに立ち向かっていくという、とてもスケールの大きい物語が、この『くるみ割り人形と秘密の王国』なのだ。

 近年『シンデレラ』と『美女と野獣』と、いずれもディズニーアニメーションが下敷きにある人気作が元の世界観に忠実に実写化されることが続いていただけに、過去にディズニーがアニメーション化したことのない物語を、それもこのような形で実写化するというのは少々不思議な感じがしてしまう。しかし物語の序盤、モーガン・フリーマン演じるドロッセルマイヤーの邸宅で、クリスマスプレゼントをもらうために子どもたちやクララが邸宅の中を駆け回るシーンを観ると、あるディズニーアニメーションを想起させられ、その疑問は払拭されることだろう。

 それは1940年に制作された名作中の名作『ファンタジア』。クラシック音楽をもとにした複数のアニメーションで構築されたこの映画は、『白雪姫』と『ピノキオ』に続くディズニーの3作目の長編作品だ。娯楽性の強いアニメーションが生み出すことができる最大限の芸術性と、そして映画の技術革新が進められていく中での音響との向き合い方にひとつの答えを出した本作は、映画としても、そしてアニメーションとしても革新的な一本であったといえよう。

 その中の一編に、まさにチャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形」をモチーフにした作品があった。前述のクリスマスプレゼントのシーンでの、ガゼボから伸びる無数の紐は、同作の中で登場する蜘蛛の巣の糸を想起させるものがある。さらにミスティ・コープランドが登場して繰り広げるバレエシーンでのオーケストラのシルエット。これはまさに『ファンタジア』そのものと言ってもいい。それを踏まえると、ひとつの音楽(ないしは物語)をモチーフとして据えて新しい物語を構築する点、またストーリーの合理性よりもビジュアルの美しさに重きを置いて作り込まれている点において、『くるみ割り人形と秘密の王国』が目指したものは、プリンセスストーリーの実写ではなく、“実写版『ファンタジア』”であるということだろう。

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