“俳優王”への道を歩む山田裕貴 『あの頃、君を追いかけた』で“新世界”へ
俳優・山田裕貴を語る上で、彼本人、つまり演じていない時の、スクリーンの外側での彼の姿にも注目したい。山田といえば、TwitterをはじめとするSNSでのファンサービスの良さにも定評があるのだ。そこでは彼の日常生活が垣間見られるだけでなく、悔しさや喜びといった俳優業への熱い想いや、ファンへの感謝の言葉などが飾らず素直に綴られている。しかし俳優の個人的な発言は、演じるキャラクター以上に演者本人のイメージが先行して広がってしまう恐れもありリスキーだとも言える。
そもそも彼は俳優なのだから、過剰なファンサービスなど必要ないようにも思える。スクリーンの中での彼だけを評価すべきというものだ。しかし、ここでの彼の言葉の一つひとつは、俳優をやる上での“選手宣誓”のようにも受け取れる。そして彼は、スポーツマンシップならぬアクターシップにのっとって、その宣誓に忠実に自身の俳優像を示し続けているのだ。何より、彼の多彩なバイオグラフィーを眺めてみれば明らかだろう。
そんな彼が今作で演じた水島浩介というキャラクターは、彼にこそ適役だ。泥臭く、熱く、おバカで、硬派で、スポーティーで、仲間想いで……といったキャラクター性は、これまでの山田のキャリアに、いずれも通底するものがある。ときに愛くるしい子犬のように、ときに狂犬のように、目まぐるしく変わる彼の声と表情には、これまでの俳優人生で得てきたものが結晶しているかのようだ。劇中で浩介は「すごい人間になりたい。俺がいると少しだけ世界が変わるような人間」と口にする。この言葉は、若手俳優の台頭が目覚ましい昨今、“俳優王”なる熱い目標を掲げる山田と共鳴し合っている。
本作で山田は、見事に鍛えられた裸体や坊主頭までも披露。これを「役作りで坊主まで……」という見方もあるかもしれない。しかし彼は俳優であり、その世界の王を目指す者である。いまさら彼に「役者魂」などという言葉を当てるのはナンセンスだろう。劇中のキャラクター同様、それを山田はごく当然のこととしてやっている。むしろ“生まれたままの姿”で、さらには“頭を丸め”、この主演作にして代表作で、いま一度気を引き締め直し、新たなスタートラインに立っているように思えるのだ。キャリアを重ねる中で到達した、ネクストステージである。『ONE PIECE』の言葉を借りるのならば、“新世界”といったところだろうか。
これからも、君を追いかけるーー映画タイトルをもじった、こんな失笑を買いかねない言葉をつい口にしてみたくなる。恐らく多くの方が賛同して下さるだろう。大航海時代ならぬ、大俳優時代の荒波を越えていく、俳優・山田裕貴にこそついていくべきである。
■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。
■公開情報
『あの頃、君を追いかけた』
全国公開中
出演:山田裕貴、齋藤飛鳥、松本穂香、佐久本宝、國島直希、中田圭祐、遊佐亮介
監督:長谷川康夫
脚本:飯田健三郎、谷間月栞
原作:九把刀『那些年、我們一起追的女孩』
製作:『あの頃、君を追いかけた』フィルムパートナーズ
配給:キノフィルムズ
(c)『あの頃、君を追いかけた』フィルムパートナーズ
公式サイト:http://anokoro-kimio.jp