脚本家・野木亜紀子は“小さな声”に耳を傾ける ドラマをヒットさせる、視線と言葉の鋭さ

「気が弱い人や声が小さい人が損しちゃう世の中なのよね、悲しいかな。そういう人の味方をするのが弁護士の仕事」

 『アンナチュラル』(TBS系)の第3話で、主人公・三澄ミコト(石原さとみ)に向けて、義理の母・夏代(薬師丸ひろ子)はそう告げた。これはあくまで弁護士である夏代が職業人としての自身の挟持を語った台詞ではあるが、この一言に、脚本家・野木亜紀子が今、多くの視聴者から共感を得ている理由が集約されているように思う。

 野木亜紀子は、2010年、『さよならロビンソンクルーソー』で第22回フジテレビヤングシナリオ大賞の大賞を受賞。その後、『空飛ぶ広報室』(TBS系)、『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)、『重版出来!』(TBS系)など多くの原作物の脚本を手がけ、16年、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の大ヒットで一気に知名度が向上。さらに、待望のオリジナル作品『アンナチュラル』で第55回ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞を受賞。今最も新作が期待される脚本家のひとりとしてシーンの先頭を走っている。

 なぜ今、野木亜紀子作品はこれほど愛されるのか。卓越した構成力、ユーモラスでありながら知性に富んだ会話の妙など、脚本術には称賛の言葉が尽きないのだが、その真髄にあるのは彼女の視線。野木亜紀子の社会に対する眼差しはとてもシビアでドライだ。その透徹な眼差しに、綺麗事は一切含まれていない。

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 たとえば、『アンナチュラル』の第7話で、いじめ加害者への報復として自死を選ぼうとする少年に、ミコトはこう言い放つ。

「あなたが死んで何になるの? あなたを苦しめた人の名前を遺書に遺して、それが何? 彼らはきっと転校して名前を変えて新しい人生を生きていくの。あなたの人生を奪ったことなんてすっかり忘れて生きていくの。あなたが命を差し出しても、あなたの痛みは決して彼らに届かない」

 これほど現実に立脚した説得の言葉は、テレビドラマでなかなか聞けるものではなかった。実際、多くのいじめ加害者は一時的な私刑を受けても、やがて風化という名の無罪放免を受け、普通の生活に戻っていくことを、私たちは多くのいじめニュースを通じて知っている。野木亜紀子は決して安直な綺麗事に逃げ込みはしない。現実を厳しく見つめた上で、そんな不毛なもののために自分の人生を犠牲にする必要はない、と。悪を悪として厳しく断罪した上で、同じ次元に堕ちるな、と諭す。そんな、ある意味で非常に現実的かつ合理的な主張が、欺瞞と根拠なき精神論を嫌う現代人の心を突き刺した。

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