松江哲明の『ロング,ロングバケーション』評:ただの“いい映画”ではない、風格と実験性

松江哲明の『ロング,ロングバケーション』評

 だからこそ、最後の2人の選択は素直に納得できるものでした。今の社会は誰もが意見を発することが容易になりましたが、多くの人に届きやすい言葉は過激になりがちです。その結果、社会が窮屈になってきたと感じる人も多いでしょう。僕は本作を観ながら、“老いる”ということは社会と距離を持つことなのかと考えました。突然姿を消した両親を心配して、子供たちは彼らに頻繁に電話をかけます。子供たちの言葉も行動も間違ったものではありません。しかし、社会的に正しいことが必ずしも幸せな生き方とは限らない。社会と距離を取って、自分の生き方を見つめ直すこと。本作を通して、それを教えてもらった気がします。

 社会との距離という点では、本作がアメリカ大統領選挙真っ只中の2016年夏に撮影された意味は非常に大きかったと思います。当然、脚本製作段階では予定されていたものではないでしょうし、現実を描かなくても成立した作品です。しかし、老夫婦2人が目の当たりにする日常として、あまりにもさり気なく、映画のなかに織り込んでいました。政治的な意味を持ち込ませるのでもなく、ジョンが患っているアルツハイマーの笑いの一コマとしてさらりと扱っているのです。

 劇映画を作っているのに、ドキュメンタリー的要素を入れすぎることになって、破綻してしまうケースもあるんです。でも、この作品は壊れない。なおかつ映画のテーマともずれていない。生きていくことは社会と密接に繋がることでもありますが、そこから距離を取り、一番身近な人のために生きること、本作のテーマを描く意味として、欠かせないシーンになっていたのではないでしょうか。

 先にも述べたように、本作はポスターや予告編で”いい映画”が強調されているので、映画に新しさを求める人にとっては、選択肢に入ってこないかもしれません。でも、本作は風格と実験性が詰まっています。騙されたと思って、劇場に足を運んでいただきたいです。きっと”いい映画”だけではない、発見があるはずです。

(取材・構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作は山下敦弘と共同監督を務めた『映画 山田孝之3D』。

■公開情報
『ロング,ロングバケーション』
TOHOシネマズ 日本橋ほかにて公開中
監督:パオロ・ヴィルズィ
出演:ヘレン・ミレン、ドナルド・サザーランド
提供:ギャガ、朝日新聞社、WOWOW
配給:ギャガ
原題:The Leisure Seeker/2017/イタリア/カラー/シネスコ/112分/5.1ch デジタル/字幕翻訳:栗原とみ子/PG-12
(c)2017 Indiana Production S.P.A.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/longlongvacation

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