『ロング,ロングバケーション』は最高にゴキゲンな作品だーー老夫婦のユーモアに満ちた愛の煌めき

『ロング,ロングバケーション』の愛の煌めき

 どんな時でもユーモアを。こんなときこそユーモアを。どんなに悲嘆的になりそうな状況でさえ、ユーモアを忘れない。イタリアの名匠パオロ・ヴィルズィの最新作『ロング,ロングバケーション』は、そんな旅の映画である。

 重度のアルツハイマーの夫・ジョン(ドナルド・サザーランド)と、全身に広がったガンにより余命が限られた妻・エラ(ヘレン・ミレン)。彼らは思い出の愛車であるキャンピングカーで、ジョンの敬愛するヘミングウェイの家を目指して、最後の旅に出るーー。

 こうして簡単なあらすじを眺めてみれば、いわゆる“終活”を描いた映画だといえるだろう。それも、コメディやロードムービーといったさまざまな映画のスタイルをとりながら、ユーモアを忘れずに夫婦の愛を描ききった、最高にゴキゲンな作品なのである。

 “終活”、それも“老夫婦の”とくれば、その背景には介護問題など、目の前に立ち塞がる現実をたしかに感じてしまう。実際、この夫婦の娘であるジェーン(ジャネル・モロニー)と息子・ウィル(クリスチャン・マッケイ)、この姉弟の両親に対する困惑の大部分は、その点に端を発しているだろう。ところがこの夫婦は、それすら笑い飛ばして疾走(失踪)していく。

 軽快な音楽とともにスピーディーな幕開けをする本作には、この自由奔放な両親の失踪(疾走)に頭を悩ませる姉弟同様、冒頭からうっかり置いて行かれそうになる。子供らが両親の不在にあたふたしているうちに、すでに彼らは自宅のあるボストンを出発し、原題ともなっている“レジャー・シーカー”を走らせているのだ。つまり、わたしたちが初めて2人を目にするとき、旅はもうすでに始まっているのである。

 ジャニス・ジョプリンや、キャロル・キングなど、彼らが突き進む珍道中のお供である愉快な音楽。立ち寄ったハンバーガーショップで流れる店内BGMや、キャンプ場での小鳥のさえずりといった、旅先で耳にするその土地の音。それら映画を彩るいくつもの音たちによって、その鮮やかな旅の情景が耳に染み入り、私たちを一緒に連れ立ってくれる。

 彼ら夫婦が情熱的にあこがれの地を目指す姿は生涯現役であり続ける“青春モノ”のようだし、小気味よい2人のやり取りはまさに軽妙洒脱な“コメディ”である。そして美しい風景を捉えつつシチュエーションが変化していく“ロードムービー”に、絶え間なく尊い男女の“ラブストーリー”が重なる。本作を「ユーモアを忘れずに夫婦の愛を描ききった」と冒頭で評したものの、この夫婦には“愛”という言葉よりも“ラブ”の方が観ていてしっくりくる。それほどまでに“イケている”カップルなのだ。

 アルツハイマーにより現在と過去の意識が混濁する夫と、それについ根負けしてしまう妻のやりとりは、可愛らしくて可笑しくて、気がつけば2人のとりこになってしまう。時おり“過去”を生きる夫。しかしその夫に手を焼く妻は確実に“現在”を生き、終わりに向かっている。夫が今(この時)を忘れ、あの頃を生きることで、妻もまたほんのひととき若き日の自分を生きることができる。あの頃の熱い想いが蘇ってきたり、はたまた、知らぬ方がよかった秘密があらわになったり。

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