何がリンチただ一人の語りを可能にしたのか? 『デヴィッド・リンチ:アートライフ』を読み解く
また、リンチのバックグラウンドを知らない観客は、彼の諸作品が放つ負の雰囲気に、不幸な生い立ちが彼の口から語られ始めることを想像するかもしれない。しかし、そんな観客の思惑に反して、おびただしい数の写真や映像と共にリンチの口から語られるのは「幸せな家庭」であり、誰しもが青春時代に感じ得る両親の期待や失望、若さゆえの制御不能な精神状態など、彼の作品の奇怪さに鑑みれば、普遍的な経験の数々である。
リンチの映画をリンチたらしめている主たるもの、それはリンチの人生に起こった外的要因というよりも、むしろリンチの奥深く、澱のように沈殿した天性的な精神性の異質な形象化に他ならないのではないだろうか。本作は、そんなリンチの謎を解き明かす一縷となり得るかもしれない。あるいは、さらなる隘路へといざなうかもしれない。この複雑で混乱した映画作家は、一筋縄ではいかないのだ。リンチの周囲をたゆたう煙草の煙は、これからも彼を纏う神秘のヴェールであり続けるだろう。それでも、リンチの悪夢の深淵の前に、ただ立ち尽くすのみではいられない貴方へ――「ようこそ、リンチの“アタマの中”へ」。
■児玉美月
現在、大学院修士課程で主にジェンダー映画を研究中。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter
■公開情報
『デヴィッド・リンチ:アートライフ』
新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほかにて公開中
監督:ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム
出演:デヴィッド・リンチ
配給:アップリンク
2016年/アメリカ・デンマーク/88分/英語/DCP/1.85:1/原題:David Lynch: The Art Life
(c)Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/artlife/