菊地成孔が語る、映画批評の倫理「1番やっちゃいけないのは、フェティッシュを持ち込むこと」
韓国映画なんて韓国映画ファンしか見ないからさ(笑)、なるべくファン以外の人に見せたい
ーー菊地さんはこれまで、どんな映画批評を読んできましたか?
菊地:僕が1番好きで、何回も読んだ映画の本は、蓮實重彦さんでもないし、青山真治さんでもなくて、和田誠さんが文章と挿絵をご自身で1ページ両方担当されて、キネマ旬報で長く連載されていた『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』(文藝春秋)という本ですね。映画の名ゼリフを1個あげて、そのセリフがなんで良いかを書いて、そのセリフが発せられてる映画をイラストにするっていう本で。何刊か出てるんだけどあれが好きで、何十回も読み直しましたね。蓮實さんの『表層批評宣言』とか名だたる映画批評書はいっぱいあるわけですけど、だいたい1、2回しか読まない。それこそフェティッシュっていうか、何回も貪るように読んだのは『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』です。
なにが良いって、粋な感じっていうかね。だいたい和田誠のやることはだいたい粋です。あの人が監督した『麻雀放浪記』もすごく粋な良い映画で。ああいうのが好きなんですよ。ああいう風に最終的にはなりたいなと思うんですけど、まだまだ若気の至りで批評基軸とか考えちゃう(笑)。
というのも、映画評論の1番の弱点は、書いてもその映画を見てない人にはなんのことかわからない。映画というか、批評全体の急所ですよね。なので、基軸を立てると、応用的に一般論化するんで、対象作品観てない方にも話がわかるようになる。そういう効用もあります。
成り行き上『菊地成孔の欧米休憩タイム』も半分が韓国映画になっちゃったので。韓国映画なんて韓国映画ファンしか見ないからさ(笑)、なるべくファン以外の人に見せたい、届けたいなって気持ちをこの連載でいまだに持ってるんですけど、『新感染 ファイナル・エクスプレス』みたいに、もう構えが韓国映画とか関係ないですよって映画はともかく、ここで扱われたような韓国映画はちっちゃいところで区切られて、見る人っていうのは日本で人数が決まってて、その全員が見たら終わりっていうような感じだから(笑)。そこをなんとかしたいなという風には思ってます。
ーー最近の流れを見ていると、韓国映画は良質な作品が多い印象です。こうした状況を菊地さんはどう見ていますか?
菊地:僕は韓国映画も見ますけど、もっとハードコアに見てるのはテレビドラマです。韓国のテレビドラマを見るのにはすごく時間を費やしてるんですよ。その間に歌や楽器の練習しろよってぐらい(笑)。韓国ドラマ批評ってジャンルがあったら、そこそこの論客になれるかなってくらいの本数を見てます。
ただ今、韓国ドラマ批評ってもう決まっていて、韓流好きの女性が、あの子が可愛いとかここが胸キュンだとか、つまり全部をラブストーリーだとして捉えるしかなくて、つまりまだ批評が、ほぼほぼ無くて、ユーザーの言葉だけで業界が回っているんで、そのこと自体は全く問題ない、それで蛸壺が活性化と維持されれば良いんで、でも、個人的には、そこはなんとかしたいなとは思ってます。遊び程度のアティテュードで言ってますけど(笑)。
韓国のテレビドラマは、映画以上に水準が高くなっています。日本も、「映画の方が上でテレビは二流のメディアだと思ってたけど、もう映画は衰退してきてテレビの方がすごいや」っていう時代があったと思うんですよ。韓国はいま映画も水準が上がってるし、テレビドラマももううなぎ上りに上がってるってすごくいい時期で。『冬のソナタ』の時代から比べると、もう本当に天国と地獄っていうか。特に10年代に入ってからすごいですね。この7、8年は全然下がらないので。
日本のテレビドラマもたまに見ますけど、話にならないんですよね。逆にあんまりにも話にならなすぎて、日本のテレビドラマってこの空虚な感じが実は貴重なのではないかっていうぐらい、これがジャパンクールか。というね。人類の一番進化したサブカルの形かもしれないです。韓国のテレビドラマは丁寧に作られていて昭和ですよ。映画もそれに沿って面白いから、この連載で取り上げた映画は『隻眼の虎』を除けば一作もつまらない映画はないので、そのことは強調したいですね。
ーーここ数年、韓国映画が盛り上がっているのには何か理由はあるんですか?
菊地:ここ数年、韓国映画が盛り上がっているなんてことは特にないと思いますが(笑)、もしあるとしたら、表向きなK-POPブームの全国民的な熱が下がったからじゃないですかね。少女時代やKARAの時代は、猫も杓子も全員一時的に韓流になったと思うんですよ。僕は結構マメにソウルに行っている方で、こないだも行ってきたばっかりなんだけど、劇的に変わるのね、日本人観光客の数とか。
2010年の少女時代とKARAの時代は韓流第三波って言われていて、それが第三波にして最大なんだけど。テレビドラマはちょっと遅れてたけど、まずK-POPによってそれが来たと。その前に、先走り的にK-MOVIEとか言って『グエムル-漢江の怪物-』とか、ぺ・ドゥナとか、ああいう、アンテナ敏感な人々が称揚したアーリー韓流じゃなくて、”全国民が知ってる少女時代”っていう時代があった。
韓流の男子アイドルも未だにヒットチャートでは上の方にいますけど、当時はソウルなんか行くと明洞がもう日本人だらけで、コスメショップもいっぱいで。PSYで終わりましたけどね(笑)”オッパカンナムスタイル”によって急速に失速する。いまソウルに行っても、日本人観光客なんかほとんどいないですね。
来ている人も目的が決まっちゃってて。ぶっちゃけ2つしかなくて(笑)K-POPのソウルコンサート、「ソウルコン」って言うんだけど、それに来ている追っかけの人と、インスタグラムのために、韓国のインスタグラマラスなロケーションで写真撮りたい人しかいなくて(笑)、韓国料理を食べたいとか明洞のコスメショップに行ってみたいとかっていう人はいなくなっちゃって。お金を落としていかないですよね、全然。
セウォル号事件があったじゃないですか。あとパク・クネの退陣で、そうでなくとも格差の激しさは日本どころじゃないし、いろんな20世紀的なめんどくささもハンパないし、そこに国情の悪化があって、まあ、フラットな観光客なんて行かないよね。
そういう時って、文化が盛り上がる時ですよね。法則性ってほどじゃないけど、やっぱゲトーから新しい娯楽が生まれるし、マイノリティが文化を作るわけよ。要するに、景気が悪い方がエンタメは発達するはずなんですよね。景気がよくていろんなものがあるときでもエンタメはそこそこ保つんだけど、っていうか、ヘタウマとかマニエリスティックになって行くんだけど、やっぱり景気が悪くなってテレビの番組1本見るだけでも大変なんだっていう時代になってくると、その1本が面白く、思いっきり移入して、神格にまで置かせなくちゃいけないから、冷たい水の魚のが脂がのるというね(笑)。
だからいま韓流って、『菊地成孔の欧米休憩タイム』でも何回も書いてますけど、日本のテレビドラマがゆるくて、そこに独特の発達があって、韓国のテレビドラマや映画がやばく面白いっていうのは、やっぱり韓国がいま国としては悪いっていうか。日本は色々問題あるとはいわれてるけど、韓国に比べれば経済的にも文化的にも治安やなんかを含めても全然いいのではっていう気がしてますよね。だから日本の経済や治安がもっともっと悪くなれば、映画もテレビドラマももっと面白くなると思うんですけど。今は平和ボケですよね。今「平和ボケ」なんて、敢えて言ってますけど(笑)。韓国はなんせ停戦中なんだからさ。半端ないですよ、緊張感。だから面白いですよね。端的に言うと、韓国はまだ昭和なのよ。昭和であり、未来なんです。