ハン・トンヒョン×菊地成孔が語る、ホン・サンス監督の魅力 なぜ観るたびに“最高傑作”なのか?

『菊地成孔の欧米休憩タイム』(blueprint)

 菊地成孔の新刊『菊地成孔の欧米休憩タイム』が、株式会社blueprintより、8月10日(木)に発行される。

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 英語圏(欧米国)以外、特にアジア圏の映画を対象としたリアルサウンド映画部の連載レビュー「菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜」の中から記事を厳選し、新たに加筆・修正の上で収録した同書。同連載の番外編として掲載され、Yahoo!ニュースなどのネットメディアやSNSで大きな議論を巻き起こした『ラ・ラ・ランド』評のほか、有料ブログマガジンの連載批評「TSUTAYAをやっつけろ」や、長らく書籍化されなかった伝説の連載コラム「都市の同一性障害」なども収録している。

 リアルサウンド映画部では今回、発売に先がけて、本書に収録された日本映画大学准教授であり社会学者のハン・トンヒョン氏との対談記事の一部を公開。同対談は、2016年11月27日に第26回映画祭TAMA CINEMA FORUMで行われたプログラム「ホン・サンス/チャン・ゴンジェ -映画でめぐる夢と出逢い-」を初めて記事化したもので、チャン・ゴンジェ監督の『ひと夏のファンタジア』とホン・サンス監督の『今は正しくあの時は間違い』について語ったものである。

菊地「ホン・サンスの作品は観るたびに最高傑作」

菊地:私はもともとホン・サンスの熱狂的なファンで、初期の作品からほとんど観ています。あと、本業が音楽家なんですけれど、副業で映画の評論もやっておりますので、ホン・サンスの作品に関しても色々書いてきました。

ハン:私もホン・サンスはほとんど観ています。好きですね。でも、ホン・サンスの映画って新作を観るたびにイメージが上書きされていくところがあって1作品しか観ていないような気持ちになるんですよ。

菊地:デビュー作を1本観たときの気持ちが、ずっと永遠に続くような監督ですよね。今回の作品『今は正しくあの時は間違い』(2015年)について、私なりの言葉で評すると、「ホン・サンスの作品は観るたびに最高傑作」だなと(笑)。『3人のアンヌ』(2012年)を観たときに「これ以上のホン・サンスはない」と思って、でも、加瀬亮さんが出演した『自由が丘で』(2014年)を観たときは、またしても「これこそが最高傑作」と思った。それより前に『次の朝は他人』(2011)を観たときなど「映画史上のクラッシックスを出したかとうとう。もう自分を越えられないだろう」とまで思った。ところが今回の『今は正しくあの時は間違い』を観たら「とうとう最高傑作が出た」と(笑)。作品に力があるのはもちろんなんですけれど、作品が均質でなおかつ淡々と撮っているからこそ、毎回の作品が新鮮に見えるということでもあると思うんです。

ハン:でも、それって実はすごいことですよね。

菊地:他に類例を見ないですよね。ホン・サンスは良い意味でいわゆる“異色作”と呼べる作品がない。

ハン:近年、彼の作品をリアルタイムで観るようになってからは特にそうですね。初期の作品はもうちょっとグロかったじゃないですか。でも、今はそういうグロいところもなくなって、年に一回必ず作って、それが淡々と続いている。

菊地:牽強付会ではありますが、一時期のウディ・アレンに近い感じもあります。同じような映画を毎年作っていて、出演者やスタッフも被っているという。でも、ちょっとずつですが、メンバーには入れ替えがあって、場外戦的な意味ではホン・サンスの異色作と言えるかもしれませんが(笑)。不倫騒動で。奥さんを残して西欧のどこかに逃げちゃったんですよね。

ハン:その後、またキム・ミニさん主演で2本撮っていますね。

菊地:そういうところもゴダールっぽいですね、ミューズが変わるという。ホン・サンスの場合は今回、初めてのミューズができたわけですが。

ハン:なんというか、その影響でこれから何か変わるのではないかと思わせますよね。これまでのミニマリズムが壊れたりとか、もしかするとあるんじゃないかなと思っています。

菊地:そこが想像もつかないところで、楽しみでもあります。実際の生活のパートナーでありつつ、ミューズであるところの女優を得ても、まだあの淡々としたミニマルな映画を撮り続けるのかどうか。最新作『あなた自身とあなたのこと』(2016年時、第29回東京国際映画祭で上映)はご覧になりました?

ハン:観ましたよ。基本的には同じでした(笑)。でも、新しい技が繰り出されてます。いつものように、構造的な実験をやってるんですけど今までになかった感じかなっていう。

菊地:なるほど、じゃあ新しくなる可能性もありますよね。まあ、ホン・サンスはフランス留学者として外国に住んじゃっていますから。シネマテーク・フランセーズに通ってフランス映画を山ほど勉強するという、ある意味ではありきたりのことをやっています。要するに、フランス以外の国の人がフランス映画にかぶれて、フランス映画の中で最も輝かしかったヌーヴェルヴァーグ期の映画を山ほど観て、影響を受けて自分もこういう作品を撮ろうと。大韓民国の方が、そのやり方をまんまやっても大丈夫なんだってことを証明した監督でもありますよね」。実は誰もがやりたいことだとも思います。

ハン:でも、なかなか実践できることじゃないですよね。

菊地:なかなかできない。初期の黒沢清さんでさえやろうとして諦めたんだから。それで彼は怖い映画の方に進んだわけですから。なにせ、黒沢清さんの最初の2作はゴダールですからね。

ハン:なにがホン・サンスと黒沢清さんを分けたんでしょうか?

菊地:やっぱり、和風ゴダールとか和風ロメールをやっちゃうと、恥ずかしくなってしまうのかもしれない。

ハン:でも、恥ずかしげもなくやることって、実は大事ですよ。ちょっと別の話になりますが、韓国の戦後の大衆音楽を研究している人の本を読んで、話を聞いたんですけど、韓国の音楽はとにかく“盛る”そうです。アメリカのロックからイギリスのロックまで、全部を盛って、それによってオリジナリティを編み出しているんだって。これって、菊地さんがホン・サンスの作品に対して言っていたことと同じですよね。ロメール、ゴダール、プニュエルの3種盛りをてらいもなくやっちゃえる感性。だから、やっぱり韓国のカルチャーにはそういう傾向のようなものがあるんだなって思いました。

菊地:大韓民国のカルチャーのあり方を示すという意味で、今日の2作品は本当に素晴らしいですよね。この2作には色々と共通点があって、どちらも異様に胸がキュンとなる映画です。今現在我が国などは特にそうですけれど、2016年は『君の名は。』が1位になった国ですから。ヒットしすぎて映画館に人が入れないって、昭和じゃないですからね(笑)。マキノ雅弘時代じゃないですから(笑)。で、『君の名は。』が1位になる国なので、要するにほとんどのものには金なんて払うものかと思っていても、しかし胸がキュンキュンしさえすれば私財は全部払うといった風潮です。

ハン:菊地さんは『君の名は。』でキュンキュンしましたか?

菊地:いや、全然しませんでした。

ハン:私たちの世代はしないですよね。私、確かラジオで菊地さんの『君の名は。』の感想を聞いたんですが、あまりにも同じすぎて笑っちゃいました。複雑でわからないって(笑)。タイムスリップと入れ替わりが2つ重なることによってわからなくなってしまうって、我々の世代に共通しているんですかね。

菊地:昭和SF馬鹿が観ると『君の名は。』はストーリーわからなすぎるんですけど、若者に聞いたら「そんなこと考えるのはおっさんですよ」って言われて「ああおっさんだよ」ってね。観た後、すぐにファミレスに直行して紙に時系列書いて、「ここで会ってるんだから、ここでのセリフはおかしくないか?」って、一緒にいた友達と侃侃諤諤やって、最終的にもう一回行こうってことになった(笑)。それでリピーター続出してるんじゃないかって。

続きは8月10日発売の書籍『菊地成孔の欧米休憩タイム』にて

■商品情報
『菊地成孔の欧米休憩タイム』

著者:菊地成孔

価格:2,000円(税抜き)

発売日:8月10日

判型:四六版

発行:株式会社blueprint

発売:垣内出版株式会社

【内容紹介】
映画メディア「RealSound 映画部」の人気連載「菊地成孔の欧米休憩タイム~アルファヴェットを使わない国々の映画批評~」を一挙総括! 公開後に Yahoo!ニュースなどで大きな議論を巻き起こした『ラ・ラ・ランド』評はもちろん、『シン・ゴジラ』『君の名は。』などヒット作の書き下ろし評論、ほか単行本未収録の原稿を多数収録。 “英語圏(欧米国)以外の映画を中心に評論する”というテーマのもと、菊地成孔が独自の角度から鋭く切り込んでいく、まったく新しい映画評論集。

【著者について】
1963年生まれ。サックス奏者。音楽界では、ミュージシャンを基軸として、映像作品の音楽監督、大学の講師など多岐にわたって活動。文筆家、コラムニスト、批評家など、言論界でも名を馳せる多作家。ファッションや食文化にも造詣が深い。自身が DJを務めるラジオ番組『菊地成孔の粋な夜電波』が放送中。

【目次】

<シン・君の名は>或は今年は1955年である/まえがきにかえて

第1章 欧米休憩タイム

『黒衣の刺客』/『ロマンス』/『木屋町 DARUMA』/『無頼漢 渇いた罪』/『ハッピーアワー』/『ビューティー・インサイド』 /『セーラー服と機関銃 -卒業-』 /『インサイダーズ/内部者たち』 /『山河ノスタルジア』 /『アイアムアヒーロー』/『ひと夏のファンタジア』/『ケンとカズ』/『暗殺』/『隻眼の虎』/『溺れるナイフ』/『ラ・ラ・ランド』 /『ラ・ラ・ランド』追補 /『お嬢さん』

第2章 TSUTAYAをやっつけろ!

『死刑台のエレベーター』×2/『ディーヴァ』/『フライドドラコンフィッシュ』/『イヴのすべて』/『エージェントゾーハン』/『軽蔑』/『アメリカの夜』/ヒッチコック全作品(前後編)

第3章
『ひと夏のファンタジア』ハン・トンヒョン氏と対談 /ホン・サンス『次の朝は、他人』・同一性障害という美/ROCKS 都市の同一性障害 第1回「新宿とパリ」/ROCKS 都市の同一性障害 第2回「新宿とニューヨーク」/ROCKS 都市の同一性障害 第3回「新宿とソウル」/「K-HIPHOP」とワタシの出会いとその後の関係について

あとがき

■イベント情報
『「シネマの大義 廣瀬純映画論集」(フィルムアート社)刊行記念』
2017年8月10日(木)
会場:東京都 青山ブックセンター本店 大教室
出演:廣瀬純、菊地成孔
料金:1,350円
イベント詳細はこちら→http://www.aoyamabc.jp/event/lacausecinematographique/

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