Blu-ray&DVDリリースを期に改めて考える、時代の流れが生んだ『ムーンライト』のアカデミー賞作品賞受賞
『ムーンライト』が映画として優れている点はそれだけではない。主人公の子供時代、少年時代、青年時代、3つの時代を描くため、実際にはデジタルで撮影されたにもかかわらず、各々の章をあたかも異なるフィルムで撮影したかのような印象になるよう映像を仕上げている(子供時代:フジ、少年時代:アグファ、青年時代:コダック)。そして、主人公のそれぞれの時代を演じる役者を起用するにあたり、瞳が同じ3人の役者を選んだことで、主人公の成長に違和感を与えないという演出を施している。これらの成果は、3人の顔を三等分してひとつの顔に構成した劇場版ポスターで確認できる。
また出番は少ないにも関わらず、それまでどのような人生を歩んできたのかを一瞬で悟らせるマハーシャラ・アリの演技アプローチ、たった3日間の撮影で3つの時代における母親を演じ分けたナオミ・ハリスの驚異的な役作り。25日の撮影で完成させたとは思えない、時代の変化という側面を担った役者たちによる入魂の演技も見逃せないのである。
実は4つの共通点を挙げたうち、そのいずれにも当てはまらない作品がある。それが『ラ・ラ・ランド』なのだ。言い換えると『ラ・ラ・ランド』は、それだけハリウッドの映画人たちに愛される要素を持った特別な作品であったということも窺える。同時に、アカデミー賞に投票権を持つハリウッドの映画人が『ムーンライト』を選んだ点にも大きな意義を感じさせる。
アカデミー賞は、プロデューサー、監督、俳優、撮影や編集などの技術者で構成される“映画芸術アカデミー”の会員によって投票される。つまり、業界の身内によって選ばれる賞なのだ。これまで述べてきたように、映画が<社会を映し出す鏡>であるのと同様に、受賞結果にもその時代の社会状況は影響する。そしてそこには、ハリウッド映画人たちの社会に対する“意思表示”が表れているのである。
かつてハリウッドは、同性愛のカウボーイたちの恋愛を描いた『ブロークバック・マウンテン』(05)を作品賞に推せなかったという過去がある。“映画芸術アカデミー”の会員は年齢層が高く、また白人男性が多数を占め、そして保守的であると言われてきた。それゆえ、当時は同性愛を描いた映画を作品賞に選ぶのは時期尚早と判断されたのである。
それから12年、ハリウッドは『ムーンライト』で初めて同性愛を描いた映画に作品賞を贈った。それは、黒人俳優たちが歩んできた長い苦難の歴史とも重なるのである。そういう意味で『ムーンライト』は、アメリカの下層社会を描いている点は勿論、黒人社会やLGBTという現代アメリカの抱える“マイノリティ”の問題を描いた点が評価されたのだと解釈できる。それがハリウッド映画人の社会に対する“意思表示”でもあるのだ。
数十年後、後の人々が第89回アカデミー賞の受賞データを振り返った時、作品賞発表時の珍事よりも、むしろ黒人男性の同性愛を描いたLGBT作品が初めて作品賞として評価されたことに対する功績を見出すだろう。その起点となった映画として、『ムーンライト』は後世まで語り継がれてゆくに違いないのだ。
■松崎健夫(まつざき・たけお)
映画評論家。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『キネマ旬報』(キネマ旬報社)、『ELLE』(ハースト婦人画報社)、『SFマガジン』(早川書房)などに寄稿。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコニコ生放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter
■リリース情報
『ムーンライト』Blu-ray&DVD
9月15日(金)リリース(レンタルはTSUTAYAだけ)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
セル販売元:TCエンタテインメント
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