『ケンとカズ』が突きつける、逃げ場のない世界のリアル 小路紘史監督のハングリーな才能

『ケンとカズ』が示すリアルな疎外感

 かつて東映などのヤクザ映画に見られた、義理人情のために死地へと赴く仁義の渡世人というのは、作り手側の意図を超えて、社会のなかで虐げられた者たちの反抗の象徴として、なかでも高倉健は当時の学生運動の象徴になったという経緯がある。また、広島に落とされた原爆のきのこ雲の写真を映すことによって始まる深作欣二監督の『仁義なき戦い』は、リアル路線で利益のために使い捨てられる人間の境遇を描いたが、それは戦後日本の狂騒的な経済成長に従って先鋭化していく、社会全体の歪(ひず)みと、その犠牲となる底辺の人間をカリカチュアライズした表現でもあった。

ケンとカズ
『ケンとカズ』場面写真

 だとすれば、同じように裏社会を描いた『ケンとカズ』もまた、社会の実相の反映であるだろう。『ケンとカズ』で描かれる覚せい剤密売の世界は一見、一般的な感覚からは遠い出来事のようにも思える。だが、その搾取の構造は、現代社会そのものの縮図となっているともいえる。突き詰めていえば、ケンとカズという存在は、社会の上部の養分となって、労働とリスクを払わされている、社会のピラミッドの大部分を形成している我々自身のことである。究極の選択を迫られることになるケンを突き動かすのは、友情や恋人への愛情、まだ見ぬ自分の子どもへの愛情など、きわめて一般的で小市民的な感情である。それら「普通の幸せ」を全うすることすらままならない厳しい状況は、まさにこの現在の社会状況そのものを映し出していると思えるのである。

 インディペンデントの製作環境のなかで、しかも初長編作品で、ここまで完成された映画を撮りあげた小路監督の才能は疑うべくもないが、最もハングリーな無名時代に撮った本作の味わいというのは、やはり二度と出せないものなのではないだろうか。そのような一度きりのザラついた勢いと、ケンやカズに託した、世界へのリアルな疎外感を本作で堪能してほしい。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。

■商品情報
『ケンとカズ』
5月3日DVD&ブルーレイ発売
監督・脚本・編集:小路紘史
プロデューサー:丸茂日穂、小路紘史
出演:カトウシンスケ、毎熊克哉、飯島珠奈、藤原季節、髙野春樹、江原大介、杉山拓也
撮影・照明:山本周平
制作:原田康平、本多由美 
※特典映像には、長編のもとになった短編映画『ケンとカズ』を収録
(c)「ケンとカズ」製作委員会
公式サイト:www.ken-kazu.com

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