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『カルテット』が突きつける、残酷な“世間の常識” すずめが流した涙の意味とは

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 「なによ、あなたたちなんて、ただのトランプじゃない!」(『不思議の国のアリス』,ルイス・キャロル著,矢田澄子訳,新潮文庫)

 吉岡里帆演じる有朱は、今思えば不思議の国のアリスなのかもしれない。深い穴の中を真っ逆さまに落ちてしまった現代のアリスは、地下アイドルになり、目が笑っていない店員になり、言葉遊びに興じながら幸せに生きるアーティストたちの夢の世界を叩き壊そうとする。まるで夢の世界を生きるトランプたちに現実を突きつけるアリスのように。そのぐらいの迫力が、松たか子と満島ひかりを正論で追い詰めていく吉岡里帆にはあった。そして、先週放送の第5話は、まさにそんな、夢に生きる4人の幸せな時間が、非常に居心地の悪い、私たちが見たくなかった「現実」という刃によって突き崩されるかのような回だった。

 『カルテット』は先週の5話で第1章を終えた。4話まではそれぞれ松たか子、松田龍平、満島ひかり、高橋一生を主人公にした、カルテット1人1人の嘘と秘密を描く物語だったと言えるだろう。そしてプラス1である5話目はなんだったのだろうか。主要人物である吉岡里帆のための回だったとも言えるが、彼女は、4人と決定的に違う。彼女は「現実」という名の彼らの敵だ。すずめ(満島ひかり)がケーキのデコレーションのうさぎを食べるのが惜しいようにそっとフォークで触れる一方で、有朱はそのうさぎの顔を躊躇なく突き崩す。有朱は間違いなく、躊躇なく壁に画鋲を刺すことができる側の人間だ。

 これまでの4話が、4人がそれぞれの穴(欠落)を埋めるための個人戦だったとすると、「一人一人の夢は一回捨てて、カルテットドーナツホールとしての夢を見ましょう」と別府(松田龍平)が言うように、5話は結束の固まった「カルテットドーナツホール」が、それ自身の大きな穴を埋めるための団体戦なのである。そして彼らが対峙しなければならないのは、型にはまることができない彼らを無理やり型にはめようとする人々と、自分たちが三流であるというアーティストとしての辛い現実、有朱によって突きつけられる、これまでも呈示されてきた恋愛と夢、そして嘘にまつわる諸問題だ。

 5話で一際際立ったのは、満島ひかり演じるすずめの2度の涙だ。繊細で奔放なすずめは、彼女が抱えている秘密を含めて目が離せない。それは視聴者だけでなく、カルテットの他の3人もそうだ。まるで現実の窮屈さに押しつぶされるかのように涙を零す姿を誰も放っておくことはできない。窮屈さを強いられる彼女はやはり似合わないし、それで落ち込んでいた彼女が、4人揃って路上で演奏することで笑顔を取り戻していく姿は、見ていてホッとする。

 1度目の涙は、キャラ設定、テーマ・見た目重視のコンサート、さらには演奏ではなくフリだけさせられることを強いられるというあまりの理不尽さに堪えかねた涙だ。無意味になってしまった楽譜をくしゃくしゃに握り締めて振り上げたすずめの拳から、家森(高橋一生)がそっと楽譜を取り上げてその思いを引き継ぐ。すずめは、グーからパーになった手を所在無げに見つめ続ける。その彼らの思いを受け入れつつも仕事を全うすることを提案する真紀は、家森がそっと置いたくしゃくしゃの楽譜を伸ばし、「アリガトゥーショコラ」と与えられたキャラ設定の台詞を口にして微笑んですずめにその楽譜を返すのである。

 それだけに2度目の涙が、真紀に隠していた秘密が白日の下に晒されたことに対する涙で、それに対して真紀が張り詰めた表情で「ありがとう」と言うことが辛い。

 そして彼女の涙は、「カルテットドーナツホール」としての膨らみかけた夢が「演奏しているフリ」という形でしか叶えることができなかったことに対する4人の無念の涙でもあり、いきなり突きつけられた、これまで目を背けてきた現実に対する違和感の涙でもある。

 彼らの敵は、決して悪者ではない。浅野和之演じる音楽プロデューサーも「ていうか仕事だし」と言う女の子(安藤輪子)も有朱も言っていることは正論で、世間の常識だ。世間の常識を当然のように受け入れて、時にはそれを楯のように振りかざすことができる人たちの姿は、私たちの目に馴染みがある、ごく当たり前の世界だ。ほとんどの人間が、それを受け入れて生活している。だが、それを『カルテット』の世界で目の当たりにしてしまうと、それはとてつもなく残酷な行為に見えてくるのである。

      

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