荻野洋一の『ゴーストバスターズ』評:ポール・フェイグ監督がリブート版で捧げたオマージュの数々

荻野洋一の『ゴーストバスターズ』評

 そして何といっても、全世界の誰も知っているあの有名なテーマソングである。映画の最初の方でさっそくレイ・パーカーJr.によるオリジナル版が流され、その後もヴァージョン違いで変奏されていくが、原子力エンジニアのケイト・マッキノンが自作のビームガンをゴーストたちに向けて乱射するシーンで、テーマソングが大音量で流れる。これは本作で最もボルテージが上がる場面だった。役立たずの電話番として出演するクリス・ヘムズワースは、女性映画としての本作における白一点として、最高のヘタレぶりを披露する。『ラッシュ/プライドと友情』『白鯨との闘い』『スノーホワイト/氷の王国』『マイティ・ソー』と最近は2枚目ヒーローばかり演じてきたクリス・ヘムズワースが、テーマソングに合わせて、80年代風ディスコダンスをバカバカしく見せつけるエンドのタイトルバックによって、この新『ゴーストバスターズ』がどういう映画だったのかが、改めて理解できるだろう。

 1984年の大ヒット作『ゴーストバスターズ』は、ユダヤ系チェコ人アイヴァン・ライトマンを一躍ハリウッドの名匠入りさせた。彼は、ハンガリー出身のカメラマン、ラズロ・コヴァックスを撮影監督に起用した。ラズロ・コヴァックス(ハンガリー語では苗字と名前が日本と同じ順序となるため、正しくはコヴァーチ・ラースローとなる)はハンガリー動乱の際にアメリカに亡命してきたカメラマンで、『イージーライダー』『ファイブ・イージー・ピーセス』『ラストムービー』『ペーパー・ムーン』など、いわゆる「アメリカン・ニュー・シネマ」のカメラマンとして名を馳せた。

 アイヴァン・ライトマンがラズロ・コヴァックスを起用した理由として、同じハンガリー人のヴィルモス・ジグモンドと共同でスティーヴン・スピルバーグ監督『未知との遭遇』(1977)の撮影監督をつとめたことが上がるだろう。SF映画の金字塔『未知との遭遇』は、とりわけ夜間の場面における幻想的な光の扱いに特徴のある作品であることは、誰もが知っているだろう。SF映画のファンダズムに、ラズロ・コヴァックスが持ちこんだ「アメリカン・ニュー・シネマ」的リアリズムがみごとに融合した傑作だった。

 アイヴァン・ライトマンがラズロ・コヴァックスを招聘し、『未知との遭遇』を想起しながら『ゴーストバスターズ』を作ったのはまちがいない。夜のイルミネーションに照らされたニューヨークのマンハッタンにゴーストが跳梁跋扈するという図を妖しく画面に焼きつけたのは、チェコ出身の監督アイヴァン・ライトマン、ハンガリー出身の撮影監督ラズロ・コヴァックスという東欧コンビだった。そこには、ハンガリー動乱、チェコ事件(プラハの春)から遠くない東西冷戦の末期としての1980年代という時代が色濃く反映されている。

 今回の監督ポール・フェイグと、撮影監督ロバート・ヨーマン(ロバート・イェーマンという表記もあり)のコンビもライトマン=コヴァックス組に決して負けていない。『ファンタスティック Mr. FOX』をのぞくウェス・アンダーソン監督の長編作すべての撮影を担当したロバート・ヨーマンは、ポール・フェイグともコンビを組んできた。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)を撮った(もちろんアメリカではカメラを回すのはオペレーターであるが、比喩的に)ロバート・ヨーマンが再びマンハッタンにファインダを向け、夜の街角に数えきれぬほどのゴーストを跳梁跋扈させる。この光景に興奮できる感性こそ、映画的感性と言っていいだろう。

 そしてラスト、マンハッタンのイルミネーションには泣かされた。大学のアカデミズムから爪弾きにされてキャリアを絶たれ、行政やマスコミにはペテン呼ばわりされても、市井の人々は彼女たちの貢献をちゃんと分かっているのである。撮影ロバート・ヨーマンの面目躍如だろう。

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