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成馬零一の直球ドラマ評論『とと姉ちゃん』十三週目

戦争は人々からなにを奪ったのかーー『とと姉ちゃん』小橋家の苦しい生活が伝えるもの

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 前半のクライマックスとなる『とと姉ちゃん』十三週目では、激化する戦争に苦しむ小橋家の姿がこれでもかと描かれた辛い週だった。昭和19年。戦局は激しさを増し、甲東出版は編集長まで徴兵されて、もはや小橋常子(高畑充希)と五反田一郎(及川光輝)しか残っていなかった。食料が減っているため、常子と次女の鞠子(相楽樹)は千葉の農家に、家にある貴重品と食料の物々交換を持ちかけるが、中々応じてもらえない。やがて、五反田も徴兵となり、「新世界」は休刊。常子は出版社の留守を預かることとなり会社の蔵書で貸本屋を営むことで、編集長たちの帰りを待つ日々を送るようになる。

 昭和20年、東京大空襲に遭遇した翌日。常子は、家が焼け、避難する人々の中に、かつてビアホールで助けてもらったお竜(志田未来)の姿を見つける。お竜は一晩だけ小橋家のお世話になり、常子たちと戦争が終わったら何がしたいかを語り合う。そして8月15日、ラジオから天皇陛下の玉音放送が流れる。日本が負けたことを知った常子は、これからは自分の作りたい雑誌を作ろうと思う。

 戦時下の描写は戦前・戦中・戦後といった昭和史を舞台とする朝ドラでは定番となっており、それだけに作り手の見せたいものが強く現れる。『とと姉ちゃん』は、長い助走期間を置いて、はじめは豊かだった庶民の暮らしが、じわじわと戦争に巻き込まれていく様を常子たちの物語の背後で展開していった。最初はすぐに終わると思っていた戦争は、いつの間にか長引き、気が付けば食料が配給制となり、暮らしはどんどん逼迫していく。祖母の営む青柳商店と、もう一つの家族とでも言うような森田屋での暮らしの楽しさを丁寧に描いたうえで、それらが失われていく様子を描くことで、戦争が何を奪っていくのかを見せてきたのだ。

 関心するのは、当時の日本が間違っていたとか、戦争はいけないといった観念論ではなく、まず第一に戦争が長引けば、物資が足りなくなり、生活が苦しくなるという物理的な困難をちゃんと押さえていたことだ。この先、10年20年と戦争が続いたらどうなるのかと、鞠子は不安になる。視聴者はあと少しで戦争が終わることを知っているが、彼女たちにはそれがわからない。そんな、この不安な日常がいつまで続くのかという不安が描かれた後、東京大空襲が起きる。

 今週、一番印象的だったのは隣組の組長・三宅光政(薗善芳記)だ。軍国主義のおじさんという意味では類型的な存在なのだが、息子が出兵しており最近手紙が届かないという事情を、近所のおばさんに語られることで、単純な悪役ではなく、組長には組長の事情があるのだと見せている。息子の戦死の知らせが届いた後、茫然と歩く組長の姿を見ると、彼もまた戦争の犠牲者なのだと痛感する。

 同時に描かれるのが、心配して家に玉子を届けてくれた隣のおばさんが、実は監視に来たのではないかと、鞠子が疑う場面だ。そこで君子に「みんな同じように感じてるのかもしれないわね」と言わせることで、隣組が相互監視をおこなっている現実が実感させられる。

 妹と弟を連れて逃げるお竜は、去年の空襲で父親を亡くしている。空襲で焼け野原となった場面を映像にするには予算が足りないという制約があるからか、空襲の惨状はお竜の台詞で語られるのだが、志田未来の語りの迫力もあってか、見ている側に強く迫ってくる。

      

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