これぞ医療の観点で見つめた世界史ーー『千年医師物語』は知的興奮に満ちた快作だ

『千年医師物語』が描く激動の中世史

 中世のヨーロッパでは理髪師が外科医の仕事も兼ねていたーー。確かに、そんなトリビアはどこかで耳にした記憶がある。しかしそれを具現化した映画なんてこれまで触れたことがあっただろうか。

 『千年医師物語~ペルシアの彼方へ~』は破格のスケールを持った医学冒険映画である。医学と冒険、そんな対極にあるようなワードが一体どうやって結びつくのか訝しむ人もいるかもしれないが、まあ言うなれば『JIN -仁-』や『赤ひげ』の舞台設定をずっとずっと昔の中世のイングランドへと遡らせ、なおかつ『アラビアのロレンス』や『キングダム・オブ・ヘブン』のような壮大さを加味したような、極めてスクリーンサイズに適した一作なのだ。

 驚くべきことに、80年代に世界的ベストセラーとなったノア・ゴードンによる原作を、ヨーロッパ映画としては破格の3600万ドルを投じて映画化したのは、何とドイツ人である。そうこれはドイツ映画界が総力を結集して作り上げた、紛れもないドイツ映画(ただし、使用される言語は英語だ)。ハリウッドのスペクタクル・ロマンに比べても圧倒的な絵力があり、そして何よりもそのストーリーに否応なく知的好奇心を掻き立てられる。よくぞこれほど盛りだくさんの内容を155分という尺の中で、それも一切の魅力を損なうことなく捌ききったものだ。

英国からペルシアへ、医学の知識を希求する圧巻の旅

 11世紀、英国。主人公ロブは幼少期、極貧の暮らしの中で最愛の母を失った。その後、彼はひょんなことから街から街、村から村へと旅して回る理髪師(ステラン・スカルスガルド)に弟子入りし、医学とも違う怪しげな医療行為に手を染める。歯を抜いたり、外れた関節を強引にはめたり、指を切断したり、謎の薬を飲ませたり……確かに対処法として有効なものもあるが、しかし多くはその効果のほどもわからない危なっかしい行為ばかり。さらに中世のキリスト教社会ではそれらを黒魔術として糾弾する向きも強く、一つ間違えれば火あぶりになる危険性すらあった。

 ある日、ユダヤ人のコミュニティで先進的な医療に触れたロブは、専門的な医学を学びたいという気持ちを強くする。だがそのためにはドーバー海峡から船でフランスを経てエジプトに入り、果てしない砂漠を越えてペルシアを目指す必要があった。そこに専門大学を擁する都市イスファハンがある。たどり着くまでにかなりの歳月がかかる上に、キリスト教徒であることがバレると処刑されかねない危険な旅だ。彼はそれでも思いを捨てられず、大志を胸にイングランドを後にする。

 その後、砂嵐に巻き込まれて生死を彷徨いながら、いつしかたどり着くことになる憧れの地、イスファハン。ロブはここでイブン・シーナ(ベン・キングスレー)という偉人と出会い、彼が教鞭をとる大学で様々な医学の知識を吸収するのだがーー。

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