『最愛の子』が浮き彫りにする児童誘拐の闇ーー女優・大塚シノブが中国社会派映画の背景を読み解く

『最愛の子』が描く中国の闇

 中国で実際に起こった児童誘拐事件を元に描かれた映画『最愛の子』が、1月16日より公開されている。主演を務めたヴィッキー・チャオと、かつて映画で共演したことがある日本人女優・大塚シノブ氏が、本作のレビューを当サイトに寄稿した。

スクリーンに映った彼女は母親の顔になっていた

 数年前、アジアを中心に女優業をしていた私は、ドラマ撮影でシンガポールを訪れ、とある高層ビルのレストランのエレベーターで、中国四大女優の一人であるヴィッキー・チャオと再会した。彼女とは以前、同じシーンはなかったものの、映画『夜の上海』で共演したことがあり、エレベーター内での突然の再会に驚き、ハグをしてくれた。そして今、結婚してシンガポールに住んでおり、妊娠中で太ってしまったのだと豪快に笑っていた。久しぶりに見た彼女の顔には、母性が少し見え隠れしていた。共演した当時は未婚でアイドル的印象があったが、あれから数年、スクリーンに映った彼女はすっかり母親の顔になっていた。

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(C) 2014 We Pictures Ltd.

 1980年以降の中国で大きな問題となっている児童誘拐をテーマにした『最愛の子』で、彼女は子どもを誘拐した側の一家の母であるリー・ホンチンを演じている。亡き夫が児童誘拐犯である事実を知らずに、泥だらけになりながら農村に連れて来られた子供を必死に育てたリーは、服役後、方言を持ったまま慣れない都会に出て、子供を取り戻そうとする。もちろん、彼女自身は知らなかったとはいえ、加害者であることに違いはない。しかし、彼女の愛情は紛れもなく本物であり、ただひたすら息子を思う姿からは、善悪を通り越した人間の悲哀を感じずにはいられない。その演技に説得力が宿っているのは、ヴィッキー・チャオ自身が、本当の母親になったことも関係しているのかもしれない。また、被害者側の父親・母親役であるホアン・ボーやハオ・レイの演技にもリアリティがあり、まるでドキュメンタリーを見ている感覚になる。

 中国中央人民放送の発表によると、中国では毎年、約20万人の子供が誘拐されている。またそれは児童売買にも繋がっている。その原因は中国の一人っ子政策にあるという。両親の顔を忘れやすいという理由から、2~3歳の幼児が誘拐されるケースが多いとされる。男の子は日本円にして140万円前後、女の子は30万円前後で売買されることが多く、特に農村部では男の子の需要が高い。中国では年金など社会保障制度が不十分であり、家を潰さないためにも、嫁に行かず家に残ってくれる男の子が老後の頼りなのだ。中国ではこの児童誘拐だけではなく、田舎での嫁不足が原因で都会から嫁を誘拐して来るといったケースも少なからずあり、それを題材にした中国映画を観たときは鳥肌が立った。このような問題を抱えるのは中国だけではなく、世界の農村部では都会では想像もしないような事件が今も起こっているのだ。

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(C) 2014 We Pictures Ltd.

 映画の最後には、この物語の実際のモデルとなった人物が出て来るのだが、それを見て、私が以前テレビドキュメンタリーで知った実話が、この映画のモデルになっていたことに気づいた。そのドキュメンタリーを見たとき、私にはどちらが被害者で加害者なのか、すっかり分からなくなってしまっていた。そこには法を飛び越えてしまうほどの、深い人間ドラマが出来上がっていたからである。

 加害者側の妻は、癌で他界した夫が誘拐によって子供を連れて来たことを知らず、田舎で誠心誠意、その子供を一人で必死に育てていた。子供も幼い頃連れて来られたため、本当の母親と信じ、親子の絆が出来る。そこに顔も覚えていない本当の両親が現れる。子供は現実を受け入れられず、それぞれ三者三様の悩みを抱える。

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