これぞ医療の観点で見つめた世界史ーー『千年医師物語』は知的興奮に満ちた快作だ
名優から名優へ引き継がれるカリスマ性のバトンリレー
序盤からもうフル・スロットル。荒々しくも原始的な医療行為を庶民に届けるステラン・スカルスガルドのフィジカルなパワーが力強く映画を牽引し、端正な顔立ちの主演トム・ペインの一途なキャラクターもまた、これに比例して爽やかに刻まれる。二人の間で結ばれる父子のような絆もさることながら、中世社会における医術の位置付けを、教科書や歴史書とは一味違う鮮烈なビジュアルでもって教えてくれるのが非常に興味深い。
さらに、自らの身体を切り裂けば簡単に触れられるはずの“体内の不思議”について学ぶため、果てしない旅路を経てペルシアを目指すという、その相矛盾した距離感にも惹きつけられる。そして命がけでようやく目的地にたどり着くと、今度は名優ベン・キングスレーが、先のスカルスガルドによるフィジカルな魅力とは全く違った、知的で穏やかな存在感でもって映画を牽引。実在したイスラム世界の偉人イブン・シーナを卓越したカリスマ性で体現してみせるのである。
そもそも中世のイスラムは文化的な黄金時代を誇っていた。医学の進歩も西洋の比ではなく、とりわけ彼らが一丸となって黒死病の猛威に対抗するくだりは中盤の見せ場となる重要な場面と言える。そうやって医学の先進性や情熱を克明に描きつつ、一方でそこに存在する大きな壁、例えば解剖によって人間の体内構造を知ることが宗教上のタブーとされていた実態をしっかりと描き出すことも忘れない。
さらに都市イスファハンでは、イスラム教徒とユダヤ教徒が共存しているかに見えて、実のところその均衡は危なげだ。大学の存在そのものを神への冒涜と捉える向きもあり、それが暴力行為へと発展することもある。よそからの他部族による侵攻も絶え間なく繰り返される。王の悩みは一向に尽きることがない。
こういった社会状況もまた“体内の不思議”と同じようなもの。政治、宗教、文化、学問という各臓器が膨張し互いに圧迫しあったり、血液循環がままならなくなったり、深刻な腫瘍と化して他の器官へと転移していく様子が、この映画を通じて手に取るように理解できる。そこが本作のもう一つの楽しみ方と言えよう。
医療という特殊な観点を武器に、激動の中世史を果敢に横断していくこの筆致。実に見事である。さらになかなか触れる機会のないイスラム文化に光をあてることで、今まさに世界で起こっている深刻な状況をあらためて捉え直すきっかけにもなることだろう。これを見逃すのはあまりに惜しい。世界史好きには特にオススメ。垂涎の一作である。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。
■公開情報
『千年医師物語~ペルシアの彼方へ~』
有楽町スバル座ほかにて全国公開中
監督:フィリップ・シュテルツェル
脚本:ヤン・ベルカー
製作:ウルフ・バウアー、ニコ・ホフマン、ヤン・モイト、クリストフ・ムーラー
原作:「千年医師物語」ノア・ゴードン著
出演:トム・ペイン、ステラン・スカルスガルド、オリヴィエ・マルティネス、エマ・リグビー、ベン・キングズレー
2013年/ドイツ/155分/ドルビーデジタル/presented byスターチャンネル
配給:アークエンタテインメント/東北新社
(c)Beta Cinema The Physician (c)Stephan Rabold UFA Cinema
公式サイト:physician-movie.jp