中前勇児監督『全開の唄』インタビュー
中前勇児監督が語る、叩き上げの演出論「必要なことはすべて撮影現場で学んだ」
沖縄出身のロックバンド・かりゆし58のヒット曲「全開の唄」をモチーフにした映画『全開の唄』が、10月3日より公開されている。大学の自転車競技部に所属する大学生・矢島健一(佐野和真)が自転車競技に挑む姿と、彼を取り巻く恋愛模様を描いた作品で、メガホンを取ったのはこれまでテレビドラマ『ROOKIES』や『天皇の料理番』などの演出を手がけてきた中前勇児監督。ラブコメ要素の強いコミカルな青春スポ根映画に仕上がった同作に、中前勇児監督はどんな思いを込めたのか。制作の裏側から自身の演出論まで語ってもらった。
「笑いというのは十人十色だからこそ、奥が深くて難しい」
ーー非常にハイテンションで、青春のほとばしりが感じられる、中前監督らしい作品だと感じました。本作はどのようなきっかけで製作することになったのですか?
中前:映画製作のきっかけはとても小さなもので、主演の佐野和真君と一緒に仕事がしたかったというのが、まずありました。年齢の設定も彼に当てはまるように、舞台をキャンパスライフに設定したんです。また、競輪を軸としたのは、この映画の製作を始めた当時、4年くらい前は女子競輪がオリンピックの種目に採用されるかもしれないという状況で、もしそうなったら人気に便乗できるかな、という思惑もありました(笑)。
ーーかりゆし58の「全開の唄」がテーマソングとなっているのも印象的でした。
中前:個人的に「全開の唄」の“前に出る感じ”がすごく好きで、今回、彼らに映画製作のお話をしたら、楽曲を使用させていただけるだけではなく、メンバーの宮平直樹さん自身にもご出演いただけることになったんです。いろいろなことのタイミングがうまく重なって、この映画が生まれたという感じですね。
ーー本作はコメディタッチで笑える要素が多く、主人公たちのエロ妄想も爆発していますね。
中前:その辺の演出は、自分の趣味ですね(笑)。ああいうちょっとしたエロスを感じさせる妄想シーンがもともと好きで、これまで作った映画でも必ず入れてきました。若者のほとんどは、どんなにストイックにスポーツに打ち込んでいたとしても、根底にはそういう欲望を抱えているものだと思うので、その辺をちゃんと描きたかった。もちろん、妄想シーンがなくても映画としては成立するのだろうけれど、そういう部分を見せた方が人間味が感じられるんじゃないかって、個人的には考えています。
ーー演出に関しても、中前監督独自のノリがありますよね。リアクションを大げさに表現することで、人物をコミカルに描いている。
中前:4年前の作品なので、いまになって観ると、ちょっとやりすぎたかなとは思います。多分当時は、いろんな演出を試してみたかったんでしょうね。クッションなどが積んである山に向かってわざと転ぶ演出などは、いまならやりません(笑)。いまはもう少し、ちょっとした表情や言い回しで、登場人物の心境を表現できると思うんですけれど。
ーーこれはこれで、笑える表現になっていると思います。
中前:ありがとうございます。僕はもともと、コメディが大好きなんですよね。笑いは奥が深くて難しいと思う反面、面白いとも思っています。
「ただ漠然と毎日を過ごしているような感じが嫌なんです」
ーー今作はスポ根の要素も色濃く出ています。競輪のシーンに関しては、苦労した点も多かったのでは。
中前:佐野君にはめちゃくちゃ練習してもらいましたね。撮影がはじまる1ヶ月半くらい前から、週に3日くらいは伊豆の伊東温泉競輪場に練習に行っていました。遠藤(雄弥)君に関しては、以前に『シャカリキ!』(2008)というロードレースをテーマにした映画に主演したときに自転車の練習をしていたので、すでに上手だったようです。だから、映画の内容通り、主人公が猛練習をして強い選手に立ち向かっているんですよ。
ーーなるほど。レース中の二人を背後から追っていくシーンはどのように撮影したんですか?
中前:バギーと呼ばれるミニカーみたいなカメラ車があって、それを2日間だけレンタルして撮影しました。それから、競輪の練習でコーチが指導するときに使用されるバイクのうしろに、カメラマンを乗せて並走撮影もしました。その2つの方法が取れないときは、僕がいわゆるママチャリを運転して、後ろにカメラマンを乗せて撮っています。競輪用の自転車はめちゃくちゃ早くて、追いつくのはかなり大変でしたね。
ーーでも、そうやって撮ったからか、あのシーンからは気合のようなものが伝わってきました。全力とか、熱く生きるというのは、本作全体のテーマのひとつかと思うのですが、いまの時代にそうしたメッセージを送ろうと思った理由は?
中前:漠然と毎日を過ごしているような感じが嫌なんですよ。高校時代に甲子園を目指して野球部でがんばるとか、全国大会目指してサッカー部でがんばるとか、なにかの目的に向かって一所懸命になるということが、大人になって社会に出てしまうと、仕事に追われる生活を送るうちになくなってしまうという人が多いと思うんです。もちろん、仕事の中で熱くなれる人もいると思うけれど、僕自身がそうじゃない時期もあった。そういう時、僕はかりゆし58の「全開の唄」を聞いて、自然と元気が出てきたんです。少しくらい不恰好でもいいから、毎日を一生懸命に生きて、一歩づつでも前進しようと思えた。だから、この映画はそういう風にくすぶっている人に向けて作ったという面もあります。
ーー当時は演出家や監督として、一歩前に出たいという気持ちがあったということですか?
中前:そうかもしれません。何かに向かって全力で生きているのかどうか、自分に問いかけていた部分があったんじゃないかな。