中前勇児監督『全開の唄』インタビュー
中前勇児監督が語る、叩き上げの演出論「必要なことはすべて撮影現場で学んだ」
「演出家として大切なのは“説得力”」
ーー中前監督、ご自身もスポーツに打ち込んだ青春を送ったのですか?
中前:そうですね、スポ根青春モノが好きなのは、僕も野球をやっていたという部分が大きいと思います。少年野球からはじまって中学野球、高校野球、そして社会人野球までやっていたんです。だから、熱血漢が猪突猛進に何かに打ち込むストーリーが好きなのかもしれませんね。
ーー中前監督は1978年生まれということですが、青春期を過ごされたころはどういったドラマや映画に触れてきたのですか?
中前:実はあまり熱心にテレビや映画を観るタイプではなかったんですよ。小学校のときには、高校野球時代の松井秀喜さんを観るために甲子園まで行っていたくらいの野球少年で。週に5日くらい練習していたから、流行には疎い方でした。でも、『刑事貴族』(1990~92)とか『人間・失格』(1994)、『ラブジェネレーション』(1997)や『聖者の行進』(1998)などは、好きで観ていましたね。
ーースポーツ少年だった中前監督が、映画やドラマの世界に入ったきっかけは?
中前:深夜のガソリンスタンドでアルバイトしていたときに、常連のお客さんに誘われたのがきっかけです。その方は、テレビ朝日の『金曜ナイトドラマ』の監督で、「君はおもしろそうだから、ドラマの制作進行やってみない?」と誘われて、「はい、ではお願いします」という感じでした。だから、まったくの偶然からなんですよ。それで「ドラマの制作進行って、なんかカッコいい響きだな」くらいの軽いノリで業界に入ったんですが、実際の仕事は弁当の発注でした。その後、今度はとある助監督さんから「おまえ、助監督やってみろよ」といわれて、「はい、やります」という感じで続けてきて、現在に至るんです。我ながら軽いノリだな、と思います(笑)。
ーーということは、すべて現場でキャリアを培ってきたという感じですね。
中前:すべて現場からですね。専門学校に通っていたというわけでもないですし、当初は「カット割り」とかも全然分かりませんでした。でも、続けているうちにだんだんと色々なことが身についてきて。特に大きかったのは、演出家として大切なのは“説得力”だということを学んだことですね。つまり、台本をしっかり読み込んで、それを役者さんにうまく伝えるということで、実際のところ、それが上手いひとはどんどん出世していますね。僕もそうなりたいです。
ーー役者さんにどう伝えるかが大切である、と。
中前:そうですね。結局は役者さんしか映像には出ませんし、その役者さんをどう導くかというのが、監督や演出家の役目なんだと思います。もちろん、もちろんカット割りも編集も大事なんですけれど、一番は役者さんのお芝居がちゃんとお客さんに響くかどうかが重要なんじゃないかな。それがきちんと観客に伝わるようにするには、まずは監督や演出家が、役者さんにその真意をちゃんと伝えなければいけません。
ーー具体的に、どんな風に伝えるのでしょう?
中前:役者さんと直接、じっくり話し合いする場合もあるし、現場でNGを出すこともあります。よく、役者さんをその役柄に“追い込む”という表現をしますけれど、まさにそんな感じですね。今回の作品でも、佐野君はかなり追い込んでいると思います。一方でヒロインの中村ゆりさんの場合は、割とイメージ通りだったので、素直に演じてもらった感じです。浅野和之さんは、台本の段階から電話で何回か本人とお話しました。佐藤二郎さんは完全に放置でしたけど(笑)。本番でのお芝居が、要求する演技に到達しているかどうかを判断して、そうでなければ何度でも撮り直すということじゃなないですかね。
ーーそういうことを積み重ねて、はじめて映画やドラマになるんですね。
中前:はい。僕の場合はもともと映画やドラマの世界に興味があって始めたわけではないけれど、そういう苦労とやりがいがある仕事だからこそ、なんとか熱を失わずにここまで続けてこれたのだと思います。作品で伝えたいのも、一所懸命に生きること、前に出るという心構えが大切だというシンプルなメッセージで、現実は映画のようにうまくはいかないことも多いかもしれないけれど、この作品の登場人物たちの姿を観て、少しでも元気になってくれたら嬉しいですね。
(取材・文=松田広宣)
■作品情報
『全開の唄』
出演:佐野和真 中村ゆり 遠藤雄弥 /
中島愛里 河相我聞 / 宮平直樹(かりゆし58) / 斎藤洋介 / 佐藤二朗 / 六平直政 / 浅野和之
監督:中前勇児
脚本:中前勇児・山本浩貴
主題歌:かりゆし58「全開の唄」
エグゼクティブプロデューサー:井上常明
プロデューサー:河野正人 佐伯寛之
製作:「全開の唄」製作委員会(START クラスター)
配給・宣伝:クラスター
宣伝協力:ボダパカ
(c) 2015『全開の唄』製作委員会
公式サイト: http://www.zenkai.asia/