>  > 松谷創一郎が『バクマン。』の矜持を考察

映画『バクマン。』に溢れる、マンガへのリスペクトーー松谷創一郎がその意義を考察

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『バクマン。』は、“メジャーの矜持”が示された作品

 映画『バクマン。』を語るうえで、当然ではあるものの押さえる必要があるのは、それが堂々たるエンタテインメントだということです。なぜなら、マンガ界のトップを走る『週刊少年ジャンプ』の内幕を描いた同誌連載の大ヒット作を、日本の映画業界で最大のメジャー会社である東宝が手掛けているからです。これはとても意義深いことです。それゆえ、必ず成功させなければいけない、というプレッシャーも大きかったはずです。しかし、結果として、娯楽映画として素晴らしい作品になり、興行的にも好発進しました。しかもそこには、メジャーであること、マスに向けて何かを発信することへの答が、極めて明確に描かれていました。

 メジャーであることの意義を説明するために、まずは映画とマンガ、それぞれの日本における歴史を簡単に振り返っておきましょう。映画は、テレビや他の娯楽の浸透によって、1960年代前半から急激に斜陽化します。そうした中で、娯楽的な側面と文化的な側面がそれまで以上に分化し、前者は相対的に弱まっていきました。一方、芸術的な側面は、60年代から70年代前半の学生運動もあって相対的に浮揚していった流れがあります。映画だけでなく小説や音楽の世界でも芸術と娯楽の対立は見られますが、東宝は大手三社のなかでもっとも娯楽性を追求してきた会社です。もちろん文芸系の秀作も多いですが、やはり『ゴジラ』 の会社でもあり、娯楽追求に余念がありませんでした。

 一方、マンガの世界では娯楽と芸術といった対立はほとんど見られません。子供が楽しんで読むための娯楽として生まれた歴史があるからです。もちろん、石ノ森章太郎の『ジュン』や、それが連載されていた雑誌の『COM(コム)』(1967~1973)、青林堂の『ガロ』(1964~2002)、変わり種ではガソリンスタンドだけで販売されていた『A・Ha』(1990)のような、アート系とも言うべきマンガや雑誌もありました。しかし、それらも芸術マンガを標榜していたわけではありません。実際、青林堂の社長で『ガロ』の初代編集長だった故・長井勝一さんは、新人マンガ家に対し、常に「面白いマンガを描きなさい」と伝えていました。マンガ界には、「俗情との結託」といった大昔のクリシェを持ち出すひとは、そもそもいなかったのです。『ジャンプ』はこうしたマンガ界で、80年代以降、30年以上もトップを突き進む存在です。

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 こうした両者の文脈もあり、映画の『バクマン。』は原作同様に徹底して娯楽作でなければなりませんでした。同時に、原作が背負っていたマンガ文脈にも強いリスペクトを払う必要もありました。映画『バクマン。』は、そこで見事な解答を示しました。そこには、メジャーなコンテンツを生み出す人たちの心意気が強く感じられます。映画の世界では、前述した対立構造のために、メジャー志向の作品が評価されない傾向もありますが、この作品は、メジャー作品がどうあるべきかという問いに対する一つの回答を示しています。

 本作が良質な作品に仕上がったのは、脚本・監督の大根仁さんと企画・プロデュースの川村元気さん(東宝)の組み合わせによるところが大きいでしょう。このふたりは、『モテキ』のタッグです。原作と比べると、大事なポイントだけを残して、映画として不要なところはどんどん切り落としていることがわかります。ちょっと速すぎるかな?と思うくらいのスピードで展開していきますが、あのテンポの良さは大根さんならでは。2時間の映画だけど、90分くらいにしか感じません。

 そして特に言及したいのは川村さんの存在です。パンフレットを読むと分かりますけど、彼の名前がいたるところに出てきます。今の時代、ここまで前面に名前が出る映画プロデューサーは彼しかいません。彼自身も『世界から猫が消えたなら』などベストセラー作家であるように、マスに対して訴えかける感度はとても高いです。

 川村さんは原作の処理がやはり上手い。代表作は『告白』と『悪人』(ともに2010)ですが、これらはともに原作が小説でした。また、その前後の『デトロイト・メタル・シティ』(2008)や『宇宙兄弟』(2012)、最近では去年の『寄生獣』(2014、15)など、マンガ原作モノも目立ちます。川村さんは小説やマンガ、アニメやゲームなどにも非常に詳しく、それらをただ映画にするのではなく、原作の魅力を最大限に活かしながら、映画ならではの表現を追求します。本作でいえば、マンガ界の熾烈な競争をビジュアル化するために、主人公たちがペンを刀のようにして戦うシーンとして表現したところが、映画ならではのエンタテインメント性につながっています。

 原作のストーリーを忠実に映画化してしまうと、寄り道をしてばっかり締まりのない作品になることが少なくありません。とくにマンガは連載という形式のなかで進むため、後から振り返るとノイズとなるエピソードが加わっていることがあります。たとえば『DEATH NOTE』であれば、後半登場するニアのエピソードがそうです。マンガならではの魅力的なキャラクターではありますが、ひとつの作品として通して見ると蛇足感があります。そのあたりを、原作者や編集部、監督、脚本家、そして出資者などと交渉・調整しながら処理するのが映画プロデューサーの仕事です。

 本作は、しっかりと原作のポイントを押さえたうえで腑分けし、『ジャンプ』のテーゼである「友情・努力・勝利」を前面に出し、さらに娯楽映画としてのクオリティを追求しました。この入念な気の払い方に、制作側の強いメジャーの矜持が感じられるのです。

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