『やぶさかではございません』『ぼくらはみんな*んでいる』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 9月のおすすめ新刊漫画

『彼氏時々彼女』ムサヲ先生

 あの『恋と嘘』のムサヲ先生の最新作『彼氏時々彼女』。『恋と嘘』では、自由恋愛が禁止になった世界で、燃えるような恋をしてしまう......そんな禁忌と純愛の間で揺れ動く少年少女の物語を描いた。その想いは果たして本物なのか? と、うまく定義できない愛や恋といった尊い感情を試すかのような展開が魅力的だったが、最新作となる『彼氏時々彼女』でもまた少年少女たちは“試されている”。もしも、ある日突然好きな相手の性別が変わっても愛せるのか? と。

 主人公の秋月穂高(あきづきほだか)は、学園のマドンナ・獅子崎千颯(ししざきちはや)に密かに想いを寄せている。そしてなんと千颯さんも穂高のことが好き!  というわけで、早々に恋人同士になる2人だが、初めてキスを交わした瞬間、なんと穂高は女性化してしまう。実は、これには千颯の一族に代々受け継がれる呪いが大きく関係している。それは、獅子崎家の女性は異性とキスをすると相手の性別を変えてしまう、という呪い。

 長くても24時間後には元の姿に戻れるが、千颯の父親が現在は完全に女性化していることから、このまま交際を続けていくと穂高も同じような道を辿るかもしれない......。そんな後天的性転換の呪いを前にしても、2人はこの恋を紡いでいくことができるのか? 『恋と嘘』とはまた一味違う、“試されている”恋愛模様を描く。

 ある日突如、不思議な力によって性別が変わる.......。『彼氏時々彼女』は、いわゆる「TSF(TransScience Fiction)」と呼ばれるジャンルの作品に該当する。TSF作品は、性別が転換したことで生じる身体的・メンタル的なギャップ、そしてそのギャップをフックにギャグ、恋愛、ヒューマンドラマと作品ごとに多様な物語が展開されてきた。だが、『彼氏時々彼女』に関しては、秋月穂高という主人公がどうにも人間的に成熟しているため、従来のTSFにはない究極の“純愛”が描かれるのではないかと1巻の時点で期待が膨らむ。

 自分の体が女性になっても、その身体的な違いに浮かれることもなく、また言動や振る舞いも男性の時と変わらず、真摯でどこまでも真っ直ぐな穂高。獅子崎一族の呪いを知っても、千颯と恋人関係でいることを望み、千颯もまたそんな穂高を変わらずに愛している。ムサヲ先生が描く、純度100%の美しきキャラクターのビジュアルも相まって、穂高と千颯の間には、なんだかどこまでも澄んだ祝福の風が吹いているようだ。そう、先ほど“試されている”恋愛模様なんて言ったが、2人の答えは1巻で既に出ている。『彼氏時々彼女』は1巻で完結! と言われてもなんとなく納得できてしまうほど、高潔な純愛が描かれているのだ。

 1巻でここまで満足度が高い......というよりも、これで完結なのでは? と思ってしまうほどに綺麗なストーリー展開に痺れつつ、獅子崎一族の呪いの正体や、おそらくこの後も登場するであろう一族の面々たちの存在に期待して2巻を楽しみに待ちたい。

『黄泉のツガイ(5)』荒川弘先生

 『鋼の錬金術師』や『銀の匙』でお馴染み、荒川弘先生の最新作『黄泉のツガイ』。“ツガイ使い”と呼ばれる異能力者たちが織りなすバトルファンタジーだが、作中には現代社会から隔絶された謎の村、世界を統べる力を持つ双子の存在、妖怪やUMAなどが登場するので“伝奇モノ好き”の心をくすぐる内容となっている。

 最新刊となる5巻では、今やネットミームとして定着している「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」や、おさげヘア+コートを着ているキャラクターには黄色+赤色を着色したくなる現象の話.......など、本編からおまけページまで、さりげなく『鋼の錬金術師』がネタが散りばめられている。

 また、5巻で、信頼していた周りの人たちが自分のことを欺いていたのかもしれない.......そんな疑念を抱き苦しむユルがこう言うのだ。

山の中は命の危険が常に付きまとうから思考の行き着く先が「生きる事」一本になるんだ 生きるために今 最優先でなすべき事は何か... そこに集中すればぐちゃぐちゃした考えが簡素で単純な答えに行き着くから山に入るのは好きだ

引用元:『黄泉のツガイ』5巻より

 実はこのセリフは以前、荒川弘先生がとあるインタビューで仰っていたルーティンそのもの。

山歩きをしている時には頭の中がすごくシンプルになるんですよ。命の危険性がそこかしこに転がっていて、思考が生き残る方向に全部行くので。悩みがあったとしても、山を歩くと熊やイノシシに出会うこともあるし、足を滑らせたら谷底に落ちてしまうかもしれない。生きることを最優先にして歩くと、余計な考えが削ぎ落ちて自分は今なにをすべきかというシンプル思考に行き着く。だからたまに山歩きをしたくなるんです。でも普段の私は、煮詰まった時は寝ちゃうことが多いです(笑)。

引用元:https://alu.jp/article/W6UcZPD8CCY9ohbKrqNa

 物語の面白さはもちろんだが、ファンにとっては思わず興奮してしまうほど、荒川弘先生を感じる一冊となっている。

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