『どうする家康』重要拠点やこれから登場する“ゆかりの地“を知るための書籍4選
松本潤主演のNHK大河ドラマ『どうする家康』。戦乱の世をくぐりぬけ、江戸幕府を開いた徳川家康の人生を独自の視点から描いた作品である。
ドラマを見て「家康ゆかりの地」を訪れてみたいと感じている人も多いのではないだろうか。そこで今回は参考にしたい「家康ゆかりの地」を解説した本を紹介したい。
『浜松城物語 家康から現代まで』
徳川家康が天下を取るためのスタート地点となったのが、浜松城だった。元々家康を人質として迎えていた今川家が築城し、桶狭間の戦いで当主の義元が織田信長に討たれたことによって発生した動乱をきっかけに、自らのものにした。
武田信玄との三方ヶ原の戦いに敗れた家康が命からがら逃げ帰ったのも、この浜松城だった。現在は桜の名所として知られ、シーズンには多くの花見客が訪れる。
家康の時代から現在までの「浜松城の歴史」を一冊にしたのが「浜松城物語 家康から現代まで」だ。浜松の小大名に過ぎなかった家康と城の関係性が記されている。
『本能寺の変 神君伊賀越えの真相―家康は大和を越えた』
日本の歴史上、解明されていないことが多いことから「最大の謎」ともいわれる本能寺の変。添加をほぼ手中に収めていた織田信長が、家臣の明智光秀軍に殺害された事件である。
家康は本能寺の変が発生した当時堺に滞在し、織田の同盟者として腹を切る意向を示したとされている。その後家臣に説得され、堺から伊賀を超えて三河へと向かう。落ち武者狩りの危険を乗り越え無事に三河へとたどり着き、後に「神君伊賀越え」と呼ばれるようになった。
伊賀超えのルートについては諸説あり、詳しいことがわかっていない。そんな伊賀越えの真相に迫った本が「本能寺の変 神君伊賀越えの真相―家康は大和を越えた」である。家康がどのように堺から三河へと向かったのかを確認し、追いかけてみるのもいいのかもしれない。
『知る・見る・歩く! 江戸城』
家康が江戸幕府を開き、2代目以降約260年将軍家の居城として栄えた江戸城。将軍はもちろん、家族女性らが住む「大奥」も有名だ。
14代の将軍が暮らした後、15代将軍の徳川慶喜が明治新政府軍の交渉に応じ、江戸城を無血開城する。これにより徳川家はその威信を失うことになった。まさに徳川家の象徴ともいうべき城である。
徳川家がその威信を誇示するため拡張され続け、江戸時代の技術が結集された江戸城。その歴史や現在の状況などをまとめた本が「知る・見る・歩く! 江戸城 (歴史群像シリーズ)」だ。復元CGイラストや古地図、写真などが掲載されているため、当時の面影を把握することができる。
『日光東照宮の謎』
徳川家康は死後、「東照大権現」として日光東照宮に祀られることになる。日光が選ばれた理由には諸説あるが、家康が江戸の真北にあることを理由に埋葬するよう遺言を残したことが、大きな理由であるといわれている。
家康がなぜ江戸の真北を好んだのか、そしてなぜ東照大権現となったのかなど、日光東照宮にまつわる謎を検証した本が「日光東照宮の謎」。修学旅行や観光地としても人気の日光東照宮。歴史や残された謎を確認すると、違ったものが見えてくるかも。
観光地に人が戻りつつある現在。家康ゆかりの地を訪れる前に、本で確認してみてはいかがだろう。