東京創元社 編集者が明かす、傑作海外ミステリーの見つけ方 「言語化できる強い魅力がある作品を選ぶ」
ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーの専門出版社である東京創元社は、海外の優れたミステリー作品の翻訳/刊行でも知られている。本屋大賞翻訳小説部門第1位ほか数々のランキングで1位となったアンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』、コスタ賞大賞・児童書部門ダブル受賞を果たしたフランシス・ハーディング『嘘の木』、ヤングアダルト作品ながら壮絶な描写も話題となったバリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』など、読書通を唸らせた傑作は枚挙にいとまがない。東京創元社の編集者はいったいどのようにして、これらの作品と出会い、刊行へと繋げているのか。翻訳書の担当編集者である小林甘奈さんと佐々木日向子さんに話を聞いた。(編集部)
知名度が高い作家だからという理由よりも内容本位
——2025年度から日本推理作家協会賞に翻訳部門が追加されることが正式決定しました。ミステリーにおける翻訳の重要性は今後ますます注目されていくと思います。そこで本日は、海外の小説がどのように出版社によって見出されて、翻訳者の手でいかにして読みやすい、楽しめる日本語で読者に届けられるか、という流れを伺えればと思います。東京創元社はここ数年、独自の路線で作家を発掘してこられておりますが、どうやって作品を選ぶのか、ということからお話しいけただければと思うのですが。
小林甘奈(以下、小林):一番多いのは、日本国内の著作権エージェントからの紹介です。本国でまだ出版される前に「これ評判いいですよ」とか「面白いですよ」と教えてくれることもあります。あちらも東京創元社にどういう作品が向いているか、ということはご存じですので。
佐々木日向子(以下、佐々木):毎年4月にロンドン、10月にフランクフルトでブックフェアがあります。後者は世界最大のものです。ほかにもさまざまな国で開催されるブックフェアで海外の各出版社が刊行前の作品を自国以外にどんどん売り込んでいくんです。それで「何十ヶ国で翻訳権が売れています」という実績を本国での刊行時の販売促進に使うんですね。今は、小説のあらすじや映像化権などの情報だけでなく、小説の原稿自体が海外からデータで届く流れになっています。
——「アドバンス」という制度がありますよね。印税前渡金といいますか、巨額のアドバンスで海外のベストセラーを買い付ける、ということが以前は多かったように思います。売り込みがあるのは、巨額のアドバンスが動くような知名度の高い作家だけではないのでしょうか。
小林:もちろん、知名度が高い作家だけではありません。弊社では海外の知名度が高い作家だからという理由よりも「無名ではあるけれども、日本でこれは売れるぞ」というように、内容本位で選ぶことの方が多いですね。
佐々木:そういうエージェント経由での本国からの売り込みがきっかけで日本での刊行につながった本では、ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(2020年)が強く印象に残っています。アメリカで出版契約金200万ドル(約2億円)のデビュー作というふれこみで作品を紹介されたのですが、そのテーマ性にとても惹かれて、アメリカでそんなに大きな契約になったというなら……と、日本での翻訳刊行を検討したいと思って動き始めました。翻訳者の吉澤康子先生も気に入ってくださって、すごくスムーズに話が運んだので本当に良かったです。でも、売り込みの段階と最終段階ではタイトル(原題)も変わりましたし、翻訳が終わって編集作業をしているときに、「作家が原稿を修正したので、日本語版にも反映してくれ」と本文の修正がメールで来て、本当にハラハラしました(笑)。
——原稿の原文が送られてきた段階で、翻訳者の方に読んでいただいたりするのですよね。
小林:いわゆる「リーディング」ですね。エージェントから紹介された原書をすべて編集者が読めるわけではないので、大まかなあらすじや紹介文をみて、気に入っていただけそうな翻訳者さんにお読みいただきます。そして、作品全体のあらすじや登場人物、どのような魅力があるかという所感などを掲載した要約(レジュメ)を作成していただきます。
——さっきから名前の出ている「エージェント」の働きについても説明していただいたほうがいいかと思います。翻訳書が出るまでの間にどういう役割を果たすのでしょうか。
小林:まず、日本国内の著作権エージェントと、海外での作家の代理人としてのエージェントの二種類があります。後者は日本ではあまり見かけないですが、海外では一般的な制度です。作家さん本人ではなくて、エージェントが出版社と交渉します。メジャーリーグなどもそういうことをしてますよね。日本の出版社が海外作品を手がける場合、海外の作家さんとの間に、日本側のエージェントと海外のエージェントもしくは出版社、というように間に二つぐらいの会社を挟むんです。例えば弊社がこの作家のこの作品を出版したいと思ったら、まず日本のエージェントに「この作品を御社で扱ってらっしゃいますか?」と聞くところから始まります。そうすると日本側のエージェントが「東京創元社が幾らいくらの前払金でこの本を希望していますよ」と海外のエージェントに連絡し、それが作家さんに伝わるというシステムです。
佐々木:日本の出版社と直接やり取りをしているエージェントは著作物を扱うプロですし、「この出版社にはこの作品が合うのでは」みたいな目利きをしてくださる方も多いんです。海外の出版社が来日して作品の売り込みをする際にもあいだに立ってくださって、たとえば「東京創元社はミステリーとかファンタジー・SFは得意だけど、実用書とかミリタリー、ロマンス小説なんかはあまり扱ってないんですよ」と伝えておいてもらえます。
小林:私たち編集者は英語を読んだりすることはできますが、ネイティブのようにしゃべれたりはしないので、細かいニュアンスを伝えていただけて非常に助かります。また、海外の作家さんからなかなか返事が来ないような場合にせっついていただくとか、なかなか直接やりづらいような交渉も引き受けてくださいます。
——日本語で書く作家と日本の出版社に属する編集者との間で行われていることの一部をエージェントが代替するイメージですね。
小林:そうですね。外注しているイメージです。
佐々木:あと、本を作っていく過程で「原題と意味の違う邦題をつけたい」というケースが結構多いのですが、そういう際にも交渉してくださいます。さっき言った『あの本は読まれているか』も原題と邦題は全然違いますが、理由をきちんと説明してもらい、OKが取れました。
小林:最近は海外の作家や出版社も本の装幀などをすごく気にするようになってきましたね。タイトルやカバーのデザインや、時には本文まで「上下巻はどこで分けたんだ」と確認してきたり。
佐々木:杉江さんに解説をお願いしたエリー・グリフィス『窓辺の愛書家』(2022年)には、解説を掲載するには本国の許可が必要でした。事前に「どういう内容の解説になるのか」と聞かれましたので、「こういうことを書いてくださると思います」という予想をあらかじめ伝えました。その後、原稿をいただいた後に「概要を英訳して送ってほしい」って言われたので要約を送ったところ、著者はすごく喜んでくれました。
小林:あとは「奥付の後ろの広告も何を入れたか教えてほしい」と聞かれますね。中には「自分の著作以外はダメ」と言う著者もいます。「あなたの本、初紹介だからまだ広告はないんだけど!」というような困ったこともあります(笑)。中には「自分の著作の広告もダメ」っていう作家もいましたよね。
佐々木:いました。広告の掲載が一切ダメで、残りは白ページにするしかなかったです。
小林:あまり白ページが多かったら恥ずかしいので、ページ計算に神経を使いました(笑)。
佐々木:海外の本は、同じ出版社でも別の著者の作品の広告が入っていることは少ないんです。日本との慣習の違いなので、理解してもらうのが難しいのかもしれないですね。
小林:次の本の第一章が入っていることもありますね。