【手紙】天国のひかるくんへ アザラシと人間が育んだ愛 元飼育員・岡崎雅子さんからのメッセージ
『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』(実業之日本社)が話題を呼んでいる。日本唯一のアザラシ保護施設「オホーツクとっかりセンター」の飼育員を務めた著者・岡崎雅子さんが綴る、アザラシ愛に満ち溢れた奮闘記である。
体験談に交えて、保護アザラシの野生復帰やアザラシが抱えている問題、アザラシの知られざる生態なども紹介され、アザラシと人間が決して遠い存在ではないことに気づかされる。個性豊かなアザラシたちが登場する同書から、ひときわ岡崎さんの愛情を感じるのが、ワモンアザラシの「ひかるくん」の存在だ。ワモンアザラシの平均寿命は40年といわれる中、わずか3歳で天国へ旅立ったひかるくんへの手紙を寄せていただいた。
「愛するひかるくんへ」
ひかるくんが生まれる前、お母さんアザラシのようちゃんに出会ったのは、私がまだとっかりセンターの飼育員になる前のことです。
私は、ボランティア・スタッフとして、とっかりセンターを訪れました。そのときのようちゃんは保護されたばかりで、病院の中の個室にいて、本当に小さくて可愛かった。0歳のワモンアザラシを見たのは初めてのことで、いまでも印象に残っています。
それから月日が経ち、ようちゃんも健やかに成長して、私は念願の飼育員になりました。
そんなようちゃんが、ひかるくんを生んだ日のこと、とてもよく覚えています。
2018年3月20日。いつものように出勤してアザラシたちのいるプールに向かうと、そこには血まみれのようちゃんの姿がありました。
いったい何をしたの!?
怪我をしたんだと思って駆け寄ると、ようちゃんの傍に何か小さいものがいる!動いてる! その時は、ほんとうにびっくりしたよ。生まれたての赤ちゃんアザラシを見たのは初めてで、その赤ちゃんこそ初めて目にしたひかるくんの姿でした。
「ひかる」という名前には、明るく元気に育ってほしい、光り輝いてほしい、という願いが込められていたんだよ。とっかりセンターを訪れたたくさんのお客さまがいろいろな名前を考えてくれて、その中で、私たち飼育員は「ひかる」という名前にとても惹かれ、あなたにその名前を贈りました。
ひかるくんは、名前のとおりみんなにとって光り輝く存在で、とっても元気に育ってくれた。
ひかるくんと過ごしていると、まだ子どものいない私でも、おじいちゃんやおばあちゃんが孫を可愛がる気持ちがとてもよくわかります。
無条件に、ひかるくんはいるだけで可愛いの。
こういう表情や仕草はお母さんに似ているな、とか、顔立ちや背中の模様はお父さん似だな、とか、私は祖母のようなまなざしで、ひかるくんの成長を見ていたんだと思います。
2歳の誕生日には、ひかるくんと飼育員のみんなで「ハッピーバースデートゥーユー」を歌って、拍手でお祝いしたよね。ひかるくんと過ごしたかけがえのない毎日の中で、いちばんの思い出といえばその時かな。歌うことが得意だったひかるくんも、「んー、んー」と楽しそうに歌ってくれていたよね。
その時は、このまま幸せな日々がずっと続くと思っていたけれど、3歳になる少し前から、ひかるくんは少しずつ体調が悪くなっていきました。食事の量も減って、プールにも入らない……徐々に衰弱していくひかるくんの姿を見るのは辛くて辛くて仕方がなかった。
それでもひかるくんは、何とか3歳の誕生日を迎えてくれた。その後病院に移ることになったけど、6日間も本当によく頑張ったね。もっとひかるくんのためにできることがあったかもしれない。そう思うと、いまでも胸が痛くなります。長生きさせてあげられなくて、ごめんなさい。
大好きなひかるくん、生まれてきてくれて、ありがとう。
本当はもっとずっと一緒にいたかった。
でも、ひかるくんがいたから、私は当たり前の毎日を、この先も大切にしていくことができそうです。
愛する天国のひかるくんへ
岡崎雅子
■著者プロフィール
岡崎雅子(おかざき・まさこ)
1986 年、神奈川県生まれ。日本大学生物資源科学部獣医学科卒業。幼少期からのアザラシ好きが高じて、北海道紋別市にあるアザラシ専門の保護施設「オホーツクとっかりセンター」で念願の飼育員になる。10年間の飼育員生活の中で出会ったアザラシは69頭。そのうち38頭の保護に携わる。アザラシなら種類を問わず好きだが、特に大好きなのはとっかりセンターにいるアザラシたち。好きなアザラシの行動は、前肢で顔をぬぐう仕草。好きな部位は顔と脇の下。趣味はアザラシ(鑑賞、グッズ集め、その他アザラシに関することならなんでも)。退職後の現在も、アザラシに会うため、頻繁にとっかりセンターへと足を運ぶ。