【漫画】美容室で整えた完璧な“後ろ髪”に込められた意味とは? 創作漫画『ひかれない話』が切ない
ーー女性の表情が豊かな作品だと感じました。創作のきっかけを教えてください。
もりとおる(以下、もり):漫画作品を描き続けるなか、息抜きで短い作品を描きたいなと思い本作をつくりました。「後ろ髪をひかれる」という言葉をもとに、読んでいる方の予想を裏切るような話が描きたいなという思いが漠然とありましたね。美容室へ行ったときにパッと浮かんだ感じです。
ーー女性を相手にする美容師の男性が「今日は/静か」と思う場面にて、女性の笑う表情しか描かれていなかった点が印象に残っています
もり:このシーンではお通夜やお葬式みたいな雰囲気を入れたいと考えていました。ちょっとひかれていた女性が変わってしまったことによって、恋のようなものが終わる。そういう意味での“死”のイメージを入れたかったです。具体的には女性の顔が男性の腕によって遺影みたいな画にしたり、女性の顔に白い布をかぶせました。気づいてもらえたら嬉しいなくらいの気持ちで織り交ぜていますね。
ーー美容師とお客さんという立場で描かれているところに切なさを覚えました。
もり:美容師とお客さんの関係ってお店の中だけで完結していて、会話をするときしか時間は共有されないんだろうなって思います。美容室だから喋ってくれること、美容師とお客さんの距離感が、たぶんこの人にとっては居心地が良かったのかなと思います。最後には女性の整えられた髪を誰も乱せなかったということが作品のテーマとしてありました。
ーーそのテーマが直接的に表現されていたのは「そりゃあ/そうだ/世界一なんだから」というモノローグが描かれたラストであったと感じています。
もり:完璧すぎると、きっと誰からも手の加えようのないものが出来上がるのかなと思います。乱せない後ろ髪をつくりきれたことは美容師として一種の勝利ではあるんですよね。美容師の男性は彼女が過ごす美容室以外の時間を知らないけれど、美容室で過ごした一瞬を永遠にする。そんな意味も含みつつ男性の心情を現したラストの台詞を書きました。
ーーもりさんの作品は解釈を読者に委ねるというスタンスで描かれているものが多いかと思います。
もり:そうですね。例えば恋人同士といった登場人物たちの関係を明確にせず、読み手が好きに捉えられる距離感にしたいっていう思いがあります。描いた意図はあるけれど、ひとつの意味しか持ってないっていうような描き方はしてないので、受け取ってもらった捉え方すべて正解でいいかなって思っています。
ーー創作活動をするなかで影響を受けた作品は?
もり:星新一のショートショートが小さなころから大好きで、読み手の予想を裏切る表現が面白いなと思っていました。短編作品をつくるにあたり影響を受けているかと思います。ショートムービーのような感じで読めるものが描きたくて、説明部分を省き、できるだけ登場人物の台詞で語る。そういった映像作品のようなイメージで作品をつくっていますね。
ーー小説や映画も好きであるなか、なぜ漫画という媒体を選んだのでしょうか?
もり:漫画の自由度が好きだからですかね。もちろん小説でも十分に表現はできると思いますが、絵としてあってもなくてもいいものを忍び込ませると作品に温度感が出ると感じていて。
本作はデジタルツールで作画をしていますが、アナログっぽい画が好きなので手書き風の描線に寄せています。アナログ感のある画も作品にあたたかみが出ると感じていますね。人情の機微を描くなかで、温度感がある方が感情移入しやすくなるかなと思っています。
ーー本作でも人情の機微が繊細に描かれていたかと思います。
もり:漫画を創作するなかで人情の機微を描くことが1番好きですね。これからも人情の機微を題材とした、10ぺージくらいでサクッと読める話をちょこちょこ描いていきたいです。