店主に引き込まれ予想外の展開へ⁉︎ 完全予約制古書店「なタ書」ルポ

香川の古書店「なタ書」レポート

 本が売れない、書店の経営が危ないと言われて久しい。書籍と雑誌の販売金額は、1996年の2兆6564億円をピークに、2020年には1兆2237億円まで減少(出版指標年報2021)。書店数も右肩下がりが続いている。 

 しかし、こうした出版不況をものともせず、弐拾dB(にじゅうでしべる/広島県尾道市)、汽水空港(鳥取県東伯郡)といった個性的な書店・古書店が全国各地に点在しているのも事実である。

  香川県高松市にある完全予約制の古書店「なタ書」(なたしょ)もそのひとつ。そこには普通の古書店では味わえない本や人との出会いがあった。(中垣内麻衣子)

ZINEやマニアックな雑誌が揃う古書店

 香川県高松市は、コンパクトにまとまった町だ。市内には、トゥモローランドやユナイテッドアローズなどの有名なアパレル店が揃い、お洒落な古着屋やセレクトショップ、コーヒーショップなどがたくさんある。さらには、家庭裁判所や法務局、国税局まで徒歩圏内に。東京でいうと千代田区と吉祥寺と高円寺と立川が凝集したような町だ。

 高松駅の南側には年期の入った居酒屋が並ぶ雑然としたエリアも。今回取材した「なタ書」があるのもそのエリアだ。完全予約制の古書店で、店主の藤井佳之さんに電話やツイッターで連絡しないと来店できない。

古書店「なタ書」(なたしょ)の入り口

 元は連れ込み旅館だったという「なタ書」は、パッと見本屋には見えない。民家のような入口を入って玄関で靴を脱いで階段を上ると、本好きのための秘密基地のような空間が現れた。 

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

 店内には、漫画『ワンピース』といった定番の作品もあるが、人文・社会科学系の古典やマイナーな雑誌、一般の書店では見たこともないような出版社の本、ZINEなども多数取り揃えている。例えば、今年発売してすぐ話題となり増刷を重ねている『寝そべり主義者宣言』。 

 競争社会を拒否する中国の「寝そべり主義者」たちが書いた「宣言」。日本では「素人の乱」の松本哉さんらが翻訳・発行。松本さん自身が全国行脚して、各地の書店に卸していったという。そのうちのひとつが「なタ書」だ。

 他にも、イラストレーター・オオスキトモコさんの東大駒場寮写真集『2001年の夏休み』や青柳菜摘さんの第一詩集『家で待つ君のための暦物語』といった作品が並ぶ。いずれも国内で数店舗しか取り扱いがない。

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

 さらには海外で発行されたアクティビスト向けの地下流通本まで。「一体どうやって入荷したんですか」と聞くと、「特殊なルート」だという。

 取材嫌いだという藤井さんは、店のコンセプトや選書へのこだわりを聞いても「特にない」としか答えてくれない。しかし、こうした品ぞろえや店舗のつくりからは藤井さんのこだわりや遊び心が強く感じられる。

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

  店内でも特に目を引くのは、頭上に円形に取り付けられた書棚だ。これはわざわざ舞台美術家に注文したものだという。床下にも本を並べる仕組みが。店内のいたるところから自分好みの本を発掘していくような楽しさがある。

 また、藤井さんは客が買い物をすると、誰が何を買ったのか丁寧にメモを取っていた。これをもとに、次回その人が来店するときは、その人が好きそうな本を倉庫から取り出すのだという。

人が行きかう四国の玄関口

  藤井さんは、首都圏の大学を卒業後、角川書店で働いていた。中高時代を過ごした高松に戻ってきたのは20代の終わりの頃だ。

店主の藤井佳之さん

 「30歳を前にして、一度東京を離れて別の場所で暮らしてみたいと思ったんです。仕事が嫌だったわけではないんですが、正直『先が見えてしまった』というのはあります。それをこの先5年、10年とかけて繰り返すのかと思うと、それは違うんじゃないかと。それで高松に戻ったんです」

  しかし、最初から古書店をやろうと思っていたわけではないという。

 「始めはハローワークで求職活動をしていたんですが、まともな仕事がなかったんです。そもそも週休二日じゃなかったり、給料も20万円に届かないところがほとんど。それなら自分で何か始めようと思ったのがきっかけです。東京ではちょうどCOW BOOKS(中目黒)、ユトレヒト(代官山)、百年(吉祥寺)といった個性的な本屋が生まれていた頃でした。現在、一冊の本しか売らない書店として知られる森岡書店(銀座)の第一号店も当時、茅場町にありました。でも僕が『なタ書』を始めた2006年頃、こういう若い世代が新しく始める書店は四国に一店もなかったんです」

 「なタ書」開店から17年。現在では、高松市内だけでも「古本屋YOMS」や「へちま文庫」といった個性的な本屋がある。ジュンク堂や宮脇書店といった全国展開する書店も。  本屋だけでなく、アパレル店や古着屋も充実しており、東京にも引けを取らない文化レベルの高さだ。それを支えるのが、交通の便や瀬戸内国際芸術祭による人の往来なのかもしれない。市内のセレクトショップスタッフは、「高松は四国の玄関口なので、いろいろな人が来る。それと瀬戸内国際芸術祭が大きいと思う。コロナになる前は本当にたくさんの外国人観光客が来ていた」と話していた。

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