【今月の一冊】直木賞受賞作からノンフィクション超大作まで、各出版社の「年間ベスト作品」を紹介

『出版と権力 講談社と野間家の一一〇年』魚住昭(講談社)

 第165回芥川賞を受賞した、石沢麻依による東日本大震災の記憶を巡るデビュー作『貝に続く場所にて』や、第165回直木賞候補作となりその完成度が各方面で絶賛された一穂ミチ『スモールワールズ』など、2021年も数多くの話題作を世に送り出してきた講談社。中でもリアルサウンド ブックが注目したのは、2021年2月に刊行されたノンフィクション作家・魚住昭氏による大著『出版と権力 講談社と野間家の一一〇年』だ。

 『渡邉恒雄 メディアと権力』(2000年)や『野中広務 差別と権力』(2004年)などの伝記的ノンフィクションで知られる著者が、講談社の未公開資料を紐解き、近代出版150年を彩る多彩な人物群像の中に、創業者一族である野間家の人々を位置づけた一冊だ。「日本の雑誌王」と謳われた創業者・野間清治の生い立ちから始まる本書は、講談社の光と影をできる限り正確に描き出すべく、ときに当事者たちにとって都合の悪い内容も綴られている。特に戦時下で講談社がどのような判断のもと、戦争協力に至ったかについては、頁を割いて丹念に著されており、“出版と権力”の関係性を再考する上で極めて示唆的かつ学びの多い資料になっているといえよう。重厚なノンフィクションが高く評価される魚住昭氏の手腕が光る。

 講談社をはじめとした老舗出版社にとっては耳の痛くなるような話も少なくない本書だが、しかし「事実は事実として、正しく後世に伝えるべき」という出版人としての姿勢は、野間清治の時代から脈々と受け継がれている講談社の精神である。同社のコンセプトである「おもしろくて、ためになる」の歴史的背景を辿ることで、出版事業のあり方を問うとともに、その未来を照らし出したことに敬意を表し、本書を講談社の年間ベストに選んだ。(松田広宣)

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