『今日のモップくん』座談会 飼育員らが語る、シロガオサキの魅力と伝えたいメッセージ
愛知県犬山市にある日本モンキーセンターでくらすシロガオサキのモップくんの日々をまとめた書籍『今日のモップくん~シロガオサキのモップくん観察記』(株式会社blueprint)が、好評発売中だ。
シロガオサキは、南米に生息するサキ科のサル。飼育技術員・根本慧が日本モンキーセンター公式Twitterに【今日のモップくん】をアップするようになると、顔だけが白いインパクトのある見た目、予定調和ではないコミカルな動きなどから注目を集めるようになった。本著では、2018年7月よりほぼ毎日アップしている【今日のモップくん】を中心に、シロガオサキについての解説や野生のサキについてのコラムなどがおさめられている。
リアルサウンド ブックでは、根本慧、コラム・解説の執筆を担当したキュレーターの新宅勇太(日本モンキーセンター/京都大学霊長類研究所)、サキの研究者である武真祈子(京都大学霊長類研究所)による座談会を行った。本著について、サキについて、そして動物園についてと、話は多岐にわたった。(タカモトアキ)
新宅「実に動物園らしい本ができた」
――4月23日に発売されてから少し経ちましたが、周囲からの反響はいかがですか。
根本慧(以下、根本):モンキーセンター内のショップでも購入できるようになっているのですが、買った本をわざわざ持ってきてくれてサインをお願いされることもよくあります。この前、モップくんのところにいたら、ご夫婦に話しかけられたんです。2冊買ってくださったらしくて、「誰かにあげるんですか?」と伺ったら、東京とオーストラリアにいる娘に贈りたいと。なので、「サインもらえますか」と言われたこともありました。
新宅勇太(以下、新宅):私自身、普段はお客さまの前に立つ場にいないので、直接感想を聞く機会はほぼないんですけれど、武さんはどうですか?
武真祈子(以下、武):私も直接、購入した方にお会いする機会はないですが、Twitterのフォロワーさんからいろいろな感想をいただきました。「モップくんといういち個体が単なるキャラクターとして消費されるのではなく、シロガオサキという種の魅力や野生での暮らしまで踏み込んでいるところがよかったです」と言っていただけて。制作の段階で、意識したところがちゃんと届いたんだなと感じましたね。
新宅:元々、根本さんがTwitterにあげていた【今日のモップくん】が中心となっている本ですが、サキの研究者である武さんが加わってくれたことで生息地であるアマゾンまで話を広げられたのはよかったですよね。動物園や博物館が本を作る場合、大抵はライトな内容になってしまうか小難しい内容になってしまうかのどちらかに寄ってしまうんですけれど、この本は入り口こそライトだけど、シロガオサキのことをしっかりと知ってもらえる内容になっているので、実に動物園らしい本ができたなと思っています。
――すべては根本さんが今もなお、Twitterでほぼ毎日アップしている【今日のモップくん】から、モップくんを通してシロガオサキの興味深い行動を発信し続けたからこそ実現した本ですが、いわゆる日本人が想像するサルとは違った見た目に、最初見たとき、すごく驚きました。
根本:動物専門学校で動物について学んだので、霊長類についてはいろいろと理解していましたが、シロガオサキの存在はモンキーセンターで勤務するようになって知りました。と言っても、最初の印象はそこまで強いものではなく、(モップくんを飼育している)南米館の担当になってから興味を持ったんです。
新宅:私自身、大学ではネズミを研究していまして、モンキーセンターに来てからさまざまなサルを見ることになりました。また、種の分類を担当している関係で、サキのすごい論文が出ていることは知っていましたけど、言ってしまえばそれくらいの認識です。個人的に、武さんがなぜアマゾンでサキの研究をしようと思ったのかを伺いたいんですけれど。
武:最初は、研究対象へのこだわりは特にありませんでした。ただ、子供の頃から野生動物の研究をしたかったのと、いつか生物の宝庫であるアマゾンへ行ってみたいという思いがありました。大学では生物学を学び、大学院について考えていたときに、いろいろと調べてみると京都大学野生動物研究センターの幸島(司郎)先生がアマゾンでプロジェクトを行なっていることを知りました。現指導教員である、植物生態学者の湯本(貴和)先生もそのプロジェクトのメンバーでした。私は当時植物生態学の研究室にいたので湯本先生にコンタクトをとったところ、「わたしの現在の所属は霊長類研究所だから、サルの研究をすることになります」と言われて。で、ここで研究したらどうかと提案されたブラジル・マナウスの調査地に、タマリン、リスザル、サキがいて。修士論文はその3種類について書いたのですが、なかでもサキを観察するのがいちばん楽しくて、サキをメインの研究対象にしようと思ったんです。
新宅:どんなところが面白かったんですか?
武:モップくんを好きな人ならわかってくださると思うんですが、動きがコミカルだったり、シュールだったりするところが観察していて楽しいんですよ。
根本:たしかに食べ方も休み方もなんだか変で、観ていて飽きないですよね。
武:また、南米のサルはサキに限らずですが、平和というか。ニホンザルは上下関係がはっきりしていて、群れ内に緊張感を感じます。それに比べてサキの群れではケンカが滅多に起こらず、和やかな家族のような雰囲気です。研究者が少なくて、まだまだわかっていないことが多いというのもポイントでした。種子食という、ほかの霊長類にない特徴もありますしね。
――種子食は珍しいのでしょうか?
武:種子を食べることだけでいえば、ニホンザルやコロブス類などもそうなのですが、「種子食者」と呼ばれるサキの仲間は、年間50%以上、種子を食べているんです。ほかの霊長類は、メインとなる果実がない際の代替品として種子を食べることが多いのですが、サキは種子をメインの食事としているところが特徴です。
――モップくんは種子にこだわらずいろんなものを食べていますよね?
根本:正直、種はあまり食べてないですね(笑)。けど、武さんから野生のサキもおいしいものを選んで食べていると伺ったので、栄養のバランスを考えた食事ができればいいのかなと思っています。
新宅:動物園という特殊な環境で、しかも1頭で暮らしていますからね。飼育員がわざわざシロガオサキのためだけに種子を用意するのも難しいですしね。
武:種子食者だからといって、種子だけしか食べない、ということはないですからね。私が初めて野生のサキを見たときの印象も、「けっこう果肉も食べるんだな」というものでした。ただ、果肉も食べるけれど、その選び方が一般的な果実食者とはちょっと違うと思っています。そう思いませんか? 根本さん。
根本:うーーん、どうかなぁ?(笑)
武:リスザルとキンガオサキを比較すると、リスザルは人間も好きそうな、ジューシーな果実を食べているんですけれど、サキはリスザルや人間があまり食べないヤシのポソポソとした果肉を食べるんです。まさに今、私が調べているのが、サキの「果肉の選択基準」なのですが……。今年の誕生日、モップくんはまず栗を食べましたよね? その後、かぼちゃや空豆、とうもろこしを食べていました。それらはジューシーな果実ではないじゃないですか。
根本:あの日のラインナップなら、たしかに人間だとマンゴーやイチゴから食べますよね。モップくんの好みは、季節が関係しているように思います。1年を通して好きなのは、栗やピーナッツ。暑い時期は水分の多いものをよく食べますし、寒い時期は芋を好んで食べます。あと、持ちやすいものが好きですね。手が(果汁などで)ベタつくのをすごく嫌いますからね。