90年代に発表された短編集『七つの海』はいかにして伝説となったか? 岩泉舞が残したメッセージを読む

岩泉舞が読者に伝えたかったメッセージ

 岩泉舞という漫画家をご存じだろうか。90年代初頭の『週刊少年ジャンプ』で、瑞々しい短編漫画の名作を数本描き、それらをまとめた『七つの海―岩泉舞短編集1―』(集英社)という単行本を刊行したのち、しばらく活動を休止(※)していた“伝説の作家”だ。

※……90年代末頃の一時期、4コマ漫画を発表していたこともあるが、近年では再び活動休止していた。

 その岩泉の作品集『MY LITTLE PLANET』(発行・小学館クリエイティブ/発売・小学館)が先ごろ刊行され、目の肥えた漫画ファンのあいだで話題になっている。同書は、前述の『七つの海』に収録された作品群に加え、単行本未収録作品が3本、そして、描き下ろしの新作(32p)までもが収録されたまさに“永久保存版”といっていい1冊だ。

 収録されているのは、以下の10作品。

「ふろん」
「忘れっぽい鬼」
「たとえ火の中…」
「七つの海」
「COM COP」
「COM COP 2」
「COM COP~夢みる佳人~」(原作・村山由佳)※単行本未収録作品
「KING」※単行本未収録作品
「クリスマスプレゼント」(原作・武論尊)※単行本未収録作品
「MY LITTLE PLANET」※描き下ろし作品

 描き下ろしの表題作を除いて、いずれも80年代末から90年代初頭にかけて描かれた短編だが、どの作品も現代(いま)の感覚で読んでもまったく古びていないことに驚かされる。なかでも、「鬼」を描いた「忘れっぽい鬼」と「たとえ火の中…」の2作は、「鬼=悪」という既成概念を覆すような展開が用意されており、これなどは近年の『少年ジャンプ』の主流ジャンルのひとつである、ダークファンタジーを読み慣れている若い層にとってはむしろ入り込みやすい世界観だといえるかもしれない。

 また、既成概念だけでなく、いま目に映っている「世界」を疑え、ということも、岩泉舞という漫画家が一貫して描いてきたテーマだといえるだろう。デビュー作である「ふろん」も、少年の成長を描いた「七つの海」も、そして、ふたりの少女が小さな星を創造する「MY LITTLE PLANET」も、多かれ少なかれ、「虚構」と「現実」というふたつの世界の境界線上で、選択を迫られる主人公の姿が描かれている。

 とりわけ素晴らしいのは、「七つの海」という作品だ。この物語では、主人公である11歳の少年・ユージが、自分と同じ年ごろに若返った(作中の言葉でいえば「童心がカタチになった」)祖父と友情を育んでいくのだが、彼は、いつまでもその楽しい虚構の世界で遊ぼうとはしない。物語の終盤、ふたりを冒険の旅に誘(いざな)うために現れた「使者」と、その誘いに応じるために足を踏み出した「じいちゃん」に向かって、ユージはこう叫ぶ。

ぼく達は今
同じ夢を
みてるだけだ!!
(略)
迎えの船なんか
来るわけ
ないんだよ!!
(略)
全部
ゲームの中の
世界なんだよ!!
大人になれよ!!
じいちゃん!!
~岩泉舞「七つの海」より~

 このあと、「じいちゃん」は「じいちゃん」なりのある決断をするが、ユージは現実の世界に戻ってくる。「大人になれよ!!」の言葉どおり、彼は夢の世界と現実の世界を行き来することで、大きく成長したのである。そのことに気づかせてくれたのは、ユージの初恋の相手である大人の女性(保健の先生)だったが、彼は、「七つの海」を股にかけた虚構の世界での大冒険ではなく、飛び箱もロクに跳べない――ただし、がんばれば跳べるようになる――“リアル”な世界で生きていくことに決めたのだ。

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