BL群像劇『ギヴン』はなぜ深く感情移入できる? 読み手に想像させる「余白」の妙
バンドを舞台に繰り広げられる青春と恋愛を描いたBL群像劇『ギヴン』の劇場版が、好調だ。興行通信社のミニシアターランキングでは、8月22日の公開日から5週連続で1位を獲得している。原作は「シェリプラス」(新書館)にて連載中の同名コミックで、2019年にはテレビアニメ化もされている人気作だ。
高校生をはじめとする若者たちの爽やかな青春を描く本作だが、どこかミステリアスで大人びた雰囲気も帯びている不思議な作品でもある。そう感じる理由は、感情の表現方法にあるように思う。
直接的でない表現が読者に与えるもの
物語は、つかみどころのないおっとりとした雰囲気を持つ佐藤真冬のギターを、高校生らしからぬギターの腕前を持ちながらも音楽への熱が冷めつつあった上ノ山立夏が修理したのをきっかけに始まる。立夏はその際、チューニングである音を鳴らしたことで真冬に懐かれ、ギターを教えることとなる。
真冬のギターは、ギブソンのセミアコだ。立夏曰く、初心者かつ高校生が持つには少々渋く、ハードルの高い名器らしい。そんなギターを持ちながらも真冬は、メンテナンスはおろかバンドが何をするものかすら知らないときた。そんな彼に立夏は好きな音楽を尋ねる。そして真冬が口ずさんだ「よく脳内で流れる」歌を聴いて心を大きく揺さぶられ、音楽の“お”の字も知らない彼をバンドに誘うのだ。
瞬間、
空気が震えた
気が、した
(『ギヴン』1巻 code.3 より引用)
立夏は真冬の歌を聴いた時に受けた衝撃を、「空気」という自分の外側にあるもので表現した。
空気は目に見えるものではない。ただ誰もがその存在を知っていて、日常的に触れているものだ。それが震えたとなると、どれほどの衝撃だったのか——。読者はきっと、自分の「空気が震えた」経験と照らし合わせながら、立夏が受けた衝撃の大きさに想いを巡らせるだろう。
またそれだけの衝撃を与えた真冬の歌が、どんな楽曲なのかも気になるところだ。周囲から何も考えていないように見えると言われるという真冬は、自分でも表現するのがへたくそだと思っている。しかし何も考えていない人間が、空気の震えを感じさせるほど人の心を動かす歌を口ずさむだろうか。彼の心の奥底には、想像を超える激情があるのではないかと思わずにはいられない。立夏の衝撃を表した言葉はこのように、読み手に真冬の本心を想像する「余白」を与えてくれるのだ。
本作にはこういう抽象的なキャラクターたちの感情を、比喩を用いて間接的、詩的に伝える表現がちりばめられている。表現が直接的でない分読者は、キャラクターの感情や物語の行方に自分の経験を反映させながら自由に想いを馳せ、寄り添うことができるのだ。本作には、読者が当事者にはなったことのないようなバックグラウンドを持つキャラクターが出てくる。それでも彼らに深く感情移入してしまうのはきっと、この「余白」があるからだろう。