ブランデー戦記は人間の“複雑さ”を掬い上げる 又吉直樹も称賛するソングライティングの奥深さ

美しい芸術が、美しいものだけを描いているとは限らない。ブランデー戦記の音楽を聴いていると、そういう当たり前で、でも、とても尊いことを思い出す。
ブランデー戦記が今年リリースした1stフルアルバム『BRANDY SENKI』に収録されている楽曲「Fix」。この名曲を聴く度にその美しさに息をのむが、同時に、この曲が連れてくる情景をただ「美しい」とだけ形容することは憚られる。そのくらい、この曲には複雑で痛ましく、切実で優しい……そんな景色が歌われている。
世界から遮断された空間に棲んでいる、ふたりの「人間」という生きものの姿。歌われる言葉は柔らかな皮膚についた生傷のようで、だからこそ、そこには強い覚悟のようなものすら滲む。傷は、それを負った人だけのものだからだ。人によっては、この曲の景色を愚かで滑稽だと感じるかもしれないし、ある人は「人と人がこんなふうに生きることは正しくないのではないか?」と疑問を呈するかもしれない。「依存はよくない」なんて、正しそうなことを言いながら。でも、そんな過ちだらけの「Fix」を聴いて、私は「これが人間なんだ」と思う。痛くて、哀しくて、どうしようもなくて、儚くて、あたたかい。これが人間なんだ、と。あるいは「これが人間であってほしい」と私は思っているのかもしれない。そうでなければ、世界はあまりにも整理され過ぎていて、目隠しをされているようで、私には生きづらい。もし「あなたが“愛”を表現していると感じる作品を挙げろ」と言われたら、私は今なら「Fix」を挙げるだろう。
この「Fix」は、作詞作曲を手掛けたブランデー戦記の蓮月(Vo/Gt)が、又吉直樹の小説であり、映画化もされた作品『劇場』から着想を得て作った曲なのだという。そんなつながりもあり、蓮月と又吉は今年の5月にSPACE SHOWER TVで放送されたブランデー戦記の特別番組内で対談もしている。
そこで又吉は、「Fix」を聴いた印象として「歌い出しの〈待ってね、〉から、グーっと苦しくなった」というふうに語っている。「人が普段は隠している言葉、他人が聞くことのできない言葉を、聴いてしまった……そんなふうに感じた」とも。『劇場』もまた、小説も、行定勲監督による映画版も、思い出せば「グーっと苦しく」なるような素晴らしい作品である。お互いを傷つけ合いながら、それでいてお互いを拠り所にしながら、あるひとつの若き季節を流れゆく一組の男女の物語。そこには寂しさや心細さ、喜びや若さゆえの生命力、愛情、性欲、虚栄心、許し……いろいろなものが混ざり合っている。この『劇場』で描かれた男と女の姿を思いうかべると、「どうしようもないな」と思う。でも、その「どうしようもなさ」に心底惹かれてしまうのは、私もまたひとりの「どうしようもない人間」だからだろう。
ブランデー戦記の「Fix」は、『劇場』の物語を具体的にトレースするようにして歌詞が書かれているわけではない。どちらかと言えば、『劇場』という作品の根底に流れる哀しみや「どうしようもなさ」を汲み取り、曲の血肉にしていると言っていい。また、「Fix」の世界観には、蓮月があまり学校に行けていなかった時期の親子関係も重ねられているというし、そう見れば極めてパーソナルな曲でもあるのだろう。だから、「Fix」と『劇場』を横に並べて答え合わせのようなことをする必要はないし、ただ、受け取り手が自分の人生の中で、それぞれの作品に刻まれた哀しみと愛を受け止めていけばいい。先にも書いたように、「Fix」がどんな響き方をするのかは、きっと人それぞれだ。
今年の夏にブランデー戦記がリリースした新曲の「赤いワインに涙が…」のタイトルはフランスの作家フランソワーズ・サガンが1981年に出版した短編集のタイトル(あるいはそこに収録された表題作)から取られていた。サガンの大ファンである私はとても嬉しかったのだが、この曲には、サガン作品に宿る気高い孤独感や、「弱さ」という名の強さが刻まれている。華やかで、優雅で、繊細なこの曲は、人の内側にある寂しさを埋めるのではなく、寂しさ自体に居場所を与える。
歌詞を読めば、そこに描かれているのは(これは私のイメージだが)泣きそうになるのをこらえていたり、まるで野良猫のように威嚇的になったり、右往左往する感情に引っ張られる人間の姿。見ようによってはボロボロでみっともないのだが、それでも「とても勇敢で美しい音楽だ」と、曲を聴いて私は思うのである。
■リリース情報
ブランデー戦記 1st ALBUM『BRANDY SENKI』
リリース日:2025年5月14日(水)
価格:
通常盤(UMCK-1794) ¥3,000(税別)
初回限定盤(UMCK-7268) ¥7,000(税別)
<収録曲>
◇CD(全形態共通)
01.The End of the F***ing World
02.Coming-of-age Story
03.春
04.ラストライブ
05.水鏡
06.悪夢のような
07.27:00
08.メメント・ワルツ
09.Kids
10.Musica
11.ストックホルムの箱
12.Fix
13.Untitled
◇DVD(初回限定盤のみ)
BRANDY SENKI – STUDIO LIVE 2024
Coming-of-age Story
Musica
Kids
悪夢のような
27:00
ストックホルムの箱
Fix
購入リンク:https://brandysenki.lnk.to/1stALBUM_CD
各配信サービス:https://brandysenki.lnk.to/BRANDYSENKI
OFFICIAL HP:https://brandysenki.com/
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