テイラー・スウィフトは今、何を歌うのか 新作『The Life of a Showgirl』が描いた“第一部”の美しい幕切れ

テイラー・スウィフトのオリジナリティ
なぜ、テイラー・スウィフトはここまで熱狂的な支持を集めているのだろうか?
“女性シンガーソングライター”という枠組みだけでは、まるで実態を捉えられないほどに、その影響力は絶大だ。わざわざ書き直す必要もないくらいに数多くの記録を作り出し、連日のようにニュースを賑わせ、アメリカのみならず世界各国の政治まで動かしてしまう。現代のエンターテインメントにおいて、彼女こそが最も巨大なアイコンであることは間違いない(もし、「言い過ぎじゃない?」と疑うのであれば、「テイラーよりも影響力の大きな人物がどれくらいいるか?」を考え、そこで浮かび上がった人物がどれほど巨大かを考えてみるといい)。
「でも、テイラーっていかにもお決まりのブロンド女性って感じだし、ファッションもちょっとコンサバで、それに、結局は元恋人のことを歌にしてるだけで、みんなゴシップで盛り上がってるだけでしょう?」
そんな声が聞こえてくるような気がするが、むしろ、それこそがテイラーが圧倒的な支持を集めた理由である。マリリン・モンローやマドンナ、ブリトニー・スピアーズ、あるいはビヨンセなど、生まれるべくして生まれたかのようなセレブリティになるのは無理かもしれないけれど、テイラー・スウィフトにはなれるかもしれない。そう思わせるのが、彼女の才能なのである。
恐らく、日本でもっとも有名なテイラーのヒット曲である「We Are Never Ever Getting Back Together」を振り返ってみると、そこに広がっているのは、何度も「俺は変わる」と言っておきながらちっとも変わる気配がなく、「これを聴いている自分がカッコいい」と思ってそうな音楽を聴いて悦に入っている恋人と、そんなダメ男に対してまるで金曜日のパーティーのような満点の笑顔で別れを叩きつける女性の姿だ。
自分で書いていてもスカッとするが、よく語られているように、この曲のモチーフとなったのは有名俳優のジェイク・ギレンホールであり、セレブ同士の痴話喧嘩と言ってしまえばそれまでである。だが、この曲を聴いていると、まるで友人の見事な別れっぷりを見ているような気分がして、一緒に盛り上がりたくなってしまうのだ。元のゴシップ自体はすっかり忘れ去られてしまったかもしれないが、楽曲で描かれている光景は今だろうが何十年後だろうが変わらずどこかで繰り広げられているだろうし、サビ前の「ウーッウウッウーウー」のコーラスは、一度聴いたが最後、きっと死ぬまで忘れることはできない。こうした、「①自分自身に起きた(セレブリティの世界を含む)出来事を、②誰もが共感できる物語へと落とし込み、③普遍的な表現として形に残す」という手腕こそが、テイラーがここまで圧倒的な支持を集めた理由なのである。
新アルバム『The Life of a Showgirl』で描く“痛み”
テイラー・スウィフトの最新作『The Life of a Showgirl』は、そうしたスタイルを貫きながらも、同時に「これまでの作品をすべてツアーに組み込んだ超豪華ライブ」という前代未聞の『THE ERAS TOUR』に象徴される、「型にハマらない、今の自分に合ったやり方」を追求し続けてきた、まさに今のテイラー・スウィフトらしさが詰まった作品だ。
多くのファンが想像していた通り、本作の中核にあるのは、今年8月に婚約を発表したトラヴィス・ケルシーとの関係に他ならない。最も象徴的なのは、アルバムのオープニングナンバーを飾る「The Fate of Ophelia」だろう(映画『Taylor Swift: The Official Release Party of a Showgirl』で初公開された、本作の超ゴージャズなMVも必見だ。ちなみに同作はサプライズ&3日間限定上映だったにも関わらず、初週1位ならびに米国/カナダで合計約3,300万ドル(約49億5000万円)を稼ぐ大ヒットを記録している。
タイトルの「Ophelia」とは、ウィリアム・シェイクスピア作の戯曲「ハムレット」に登場するオフィーリアを指している。想いを寄せていたハムレットによる裏切りや父の死によって苦しんだ末に心を壊し、やがて溺死した彼女は、歴史的な“悲劇のヒロイン”として語られることが多い人物だ。華やかな舞踏会が目に浮かぶような、きらびやかで落ち着きのある演奏をバックに情熱的に歌い上げられる〈Late one night/You dug me out of my grave and/saved my heart from the fate of Ophelia〉(ある夜更け/あなたは私を墓から掘り出して/オフィーリアの運命から心を救ってくれた)というラインは、まさにオフィーリアと同じ悲劇的な運命を辿ろうとしていたテイラーが、トラヴィスとの出会いによって救われたことを示しているのだろう。恋人への想いを最大限に表現するためにシェイクスピアを引用してしまう。この大胆不敵なロマンティックさこそ、テイラーの本領発揮と言うべきだろう。
著名なアイコンと自身を重ね合わせながら、物語を立体的に表現するという手法は、続く「Elizabeth Taylor」でも巧みに用いられている。いわゆる“ハリウッド黄金時代”を代表する俳優であると同時に、7人の相手と8回結婚するなど、その恋愛模様で世間を大いに賑わせたことでも知られているエリザベス・テイラーは、過去に「...Ready for It?」でも引用されるなど、特にテイラーが共感を寄せる人物だ。その名前をタイトルに冠した楽曲で〈Tell me for real, do you think it's forever?〉(本当のことを教えて/これって永遠だと思う?)と歌っているのは、今感じている至上の幸せを噛みしめると同時に、これがまた一過性のものとして過ぎ去ってしまうのではないかという不安の表れでもあるように感じられる(とはいえ、リチャード・バートンを引用して、自身の愛をある種の牢獄のように描いた「...Ready for It?」よりは遥かに健全だ)。
最愛の恋人と出会えた喜びを描きながらも、それまでの自身がオフィーリアのような状態だったことを暗に示し、“永遠の愛”を前に複雑な心境を抱いてしまったように、『The Life of a Showgirl』は決して愛に浮かれきった作品ではなく、むしろ「これでもなお、完全に苦しみを忘れることができない」という、どこか痛みすら感じさせる仕上がりとなっている。そして、その痛みを生み出す要因もまた、本作を構成する重要な要素のひとつとなっている。
個人的に本作のベストトラックに挙げたい「Father Figure」は、故ジョージ・マイケルによる同名曲のメロディーと歌詞をオマージュした楽曲だ。原曲では、パートナーがどこかで“Father Figure=父親的存在”を求めてしまう心理に対して、ジョージ自身が何とか応えようとしているようにも感じられる内容になっていたが、テイラーが描いた“Father Figure”は、どこへ行けば良いのか分からずに途方に暮れていた人物に対して、〈You remind me of a younger me〉(君を見ていると、若かった昔の自分を思い出すよ)と優しく語りかけながらも、その裏には強烈な支配欲が渦巻く危険な男である。『1989』期を彷彿とさせるような無駄を削ぎ落としたビートを、美しくも不穏なメロディが覆い尽くすなかで描かれる、成功した相手に対して権力とマチズモを振りかざし、「自分が育てた」ことを主張してすべてを奪おうとする人物は、果たして誰なのだろうか(余談だが、今年の5月、長年に渡る戦いを経て、ついにテイラーは初期6作品の原盤権を取り戻している。このために彼女が費やした金額は、3億6000万ドルとも言われている)。























