サブリナ・カーペンターが“時代のアイコン”である証明 最新アルバムで描くテイラー、アリアナとも異なるポップスター像

サブリナ・カーペンター、新作レビュー

 鮮やかなブロンドヘアに、艶やかに引かれたルージュ。思わせぶりな視線に、ボディラインを強調したコーディネート。まるでセックスシンボルの象徴として名高いマリリン・モンローを彷彿とさせるような佇まい。

 ブリトニー・スピアーズやマイリー・サイラス、アリアナ・グランデ、オリヴィア・ロドリゴなど、もともとはディズニースターとしてキャリアをスタートし、やがてアーティストとして自立するという流れ自体は珍しいものではない。だが、その多くが前述のような“分かりやすいラベル”を貼られることを拒むようなキャリアを歩むのに対して、近年のサブリナ・カーペンターは、むしろそうした“分かりやすいアイコン性”を徹底的に磨き上げることによって、近年の大ブレイクを手に入れたように感じられる。

 2010年にマイリー主催のコンテストに入賞したことをきっかけにエンターテインメントの世界に足を踏み入れたサブリナは、それからしばらくのあいだ、まさに“ディズニースター”として積極的に俳優業に取り組み、そのラベルのもとに歌手としても活動するという日々を過ごしていた(1stアルバムのリリースは2015年に遡る。当時のレーベルはディズニー傘下のHollywood Recordsである)。近年の急速なブレイクを見ていると、つい“期待の新人”として捉えてしまう人もいるかもしれないが、実際には10年以上にわたるキャリアの持ち主である。

 とはいえ、おそらく多くの人々にとって“サブリナ・カーペンター”という存在を認知するきっかけになったのは、2021年にオリヴィア・ロドリゴがリリースした「drivers license」を起点としたゴシップなのではないだろうか。同楽曲で歌われる〈that blonde girl〉(あのブロンド女)として恋敵扱いされたサブリナは、そのアンサーソングとして「Skin」を発表し、〈Some people will believe it/And some will read in between the lines〉(信じる人々もいるだろうけれど/きっとその裏にあるものを読む人もいる)と歌い、オリヴィアが歌った内容が「片方の視点でしかない」ということを強調した(ちょうどこの曲のリリースに合わせて、レーベルを現在のIslandに移籍している)。

[和訳MV] Olivia Rodrigo - drivers license / オリヴィア・ロドリゴ - ドライバーズ・ライセンス [公式]│

 サブリナが巧みなのは、原曲では皮肉混じりに歌われた〈that blonde girl〉というフレーズに抗うのではなく、それ自体を自身のキャッチフレーズかのように徹底的に磨き上げてみせたということだろう。以降の楽曲では、(自身の飼い猫にメンバーの名前をつけるほどに大ファンの)ABBAを筆頭とした70~80年代ダンスポップの影響が色濃く反映されたキャッチーな楽曲と、(良い意味で)軽薄でカジュアルな親しみやすいムード、当時のファッションスタイルを現代式にリミックスしたかのようなビジュアルを全面に押し出すようになり、Z世代を中心に少しずつ中毒者を生み出していった。

 こうした取り組みは、2024年を代表する楽曲「Espresso」で見事に結実する。軽快なディスコポップに合わせて、自身をエスプレッソや任天堂のゲームにたとえながらカジュアルかつ刺激的に相手を誘惑する同楽曲は、どこか閉塞感に満ちていた当時の(あるいは現在も続く)ムードに心地よい風通しの良さをもたらし、全米年間チャート7位(※1)の大ヒットを記録することになった。

【和訳】Sabrina Carpenter - Espresso / サブリナ・カーペンター

 その勢いは留まるところを知らず、現代を代表するプロデューサーであるジャック・アントノフとタッグを組んだサブリナは、「Please Please Please」、「Taste」と新たなヒット曲を次々と生み出していき、これらの楽曲を含む、キャッチーなフック満載のバンガーが隅々まで詰まったアルバム『Short n' Sweet』は、アメリカ/イギリスを含む世界中のチャートで1位を記録する大ヒット作となった。さらに、同作のツアーにおいても、ヴィクトリアズ・シークレット製のボディスーツや、スワロフスキーをふんだんにあしらったスカート、さらにはバスタオル1枚だけの衣装(!)といったゴージャスでセクシーなファッションも相まって、SNSを中心に大きな話題となっていく。まさに、世界中の視線が“that blonde girl=サブリナ・カーペンター”に釘付けになったのだ。

【和訳】サブリナ・カーペンター - Please Please Please / Sabrina Carpenter
【和訳】サブリナ・カーペンター - Taste / テイスト 【Sabrina Carpenter】

 だが、なおもサブリナはその手を緩めることはない。現在も『Short n' Sweet』のツアー期間中であるにも関わらず、前作からちょうど1年という、現代のポップシーンでは異例の短期間で、通算7作目となるアルバム『Man’s Best Friend』が到着したのである。

 前作同様に、ジャック・アントノフをメインプロデューサーの1人に迎えて制作された『Man’s Best Friend』は、ともすれば、今の勢いを失うことへの恐れから生まれた作品なのではと邪推する人もいるかもしれない。だが、実際の動機は「インスピレーションが湧いたから」という極めてシンプルなもので、むしろ、「『Short n' Sweet』で稼げるだけ稼ぐ」という“今の業界の常識”を破る痛快さこそが、サブリナが支持される理由を示しているように感じられる。
 
 もちろん、(同じくジャックが手掛けた)テイラー・スウィフトの『Evermore』のように、ソングライティングの筆が乗ったことによる短期間でのアルバム制作自体は珍しいものではない。だが、『Man’s Best Friend』に収録されている、前作よりも遥かに大胆かつバリエーションに富んだ楽曲の数々は、トップに辿り着いたことによって、ようやく自分のやりたいことを自由に表現することができるようになった、今のサブリナの充足ぶりを力強く示している。

サブリナ・カーペンター

 これまでの作品と比較した上での最大の変化は、なんといってもほぼ全曲において生楽器によるレコーディングを実施しているということだろう。それも、マイキー・フリーダム・ハートやマイケル・リドルバーガーといった、ジャック率いるBleachersの面々がバンドメンバーの中心となっており、近年のDTMを主体としたポップミュージックのプロダクションとは明らかに響きの異なる、風通しの良いサウンドを楽しむことができる。どうやらジャック自身の創作意欲も相当に刺激されたようで、クレジットに目を向けると、一通りの楽器に加えてシタール(「Manchild」)にグロッケン(「My Man on Willpower」、「Go Go Juice」)、マンドリン(「Go Go Juice」)など、さまざまな楽器を手に取っていて、聴けば聴くほどに新たな発見のあるユニークな音楽体験に魅了される。

 それはソングライティングにおいても同様で、本作のリードシングルであり、初登場全米1位を記録した「Manchild」も、一聴するとサブリナらしい軽快なポップソングとして楽しめる一方で、実は1番と2番でAメロからサビに至るまでのメロディや構造がまるで異なっているという、現代のヒット曲としてはなかなかに異質な仕掛けが施されている。軽快なリズムとフロウで進んでいく親しみやすい「My Man on Willpower」も、まるでミュージカルのピークで急に夢から覚めてしまうかのような楽曲展開が印象的だ。

【和訳】Sabrina Carpenter - Manchild / サブリナ・カーペンター

 多くの楽曲が3分台とコンパクトにまとまっている一方で、どの曲にも一筋縄ではいかない仕掛けが満載で、再生ボタンを押すごとに楽曲の世界へと沈んでいくかのような感覚に陥ってしまう。主な参照元となっているのは、やはり自身が愛してやまないABBAやドナ・サマーといった至高の70年代~80年代のポップミュージックだが(「Nobody’s Son」では明らかにABBAの別れを描いた名曲「One Of Us」を参照している)、ジャックに呼応するように、そのペンにはどこか無邪気で自由なムードが満ちている。まるで酒場で飲み倒しながら踊る光景が浮かぶカントリーポップ「Go Go Juice」のように、これまでの作品以上に、自身が愛する音楽に身を委ねているかのような感覚が心地好い。

 楽曲の世界と言えば、「Manchild」の〈Did you just say you're finished?〉(もう終わりって言った?)というフレーズなどから示唆されていたように、収録曲のほとんどは恋人との別れをテーマとした楽曲となっており、昨年12月に破局が報じられた俳優のバリー・コーガンとの関係性を否が応でも想起させる。ただし、別れの悲しみや怒りに完全に身を任せるのではなく、あくまでユーモアを忘れないのがサブリナらしいところだ。

 『ロッキー・ホラー・ショー』さながらの奇妙なホラー空間で舞い踊り、ラストにはメタいダークユーモアが炸裂するMVも最高な「Tears」では、〈I get wet at the thought of you〉(あなたのことを考えると濡れてしまう)という直球のフレーズが印象的だが、〈Baby just do the dishes/I'll give you what you (What you), what you want〉(ベイビー、お皿を洗ってくれるだけで、あなたが求めているものを全部あげる)というヴァースからは、「皿くらい洗えよ」という日常生活のフラストレーションがひしひしと伝わってきて、その見事な対比につい笑ってしまう。一方で、喧嘩して、セックスして仲直りして、また喧嘩をしてという負のサイクルを壮大なバラードで表現した「We Almost Broke Up Again Last Night」では、ラストの美しいコーラスパートに仕掛けられた〈Gave me his whole heart then I gave him head and then/We almost broke up〉(彼は心をくれて、私は頭を差し出して/それから、私たちは別れかけて)という強烈に毒の効いたフレーズにゾッとさせられる。

Sabrina Carpenter - Tears (Official Video)

 そう、サブリナが描く物語には、常に二面性があり、片方の視点だけでは多くのことを見逃してしまう。一見すると『Man’s Best Friend』は「元彼と別れたことで生まれたハートブレイクアルバム」のように感じられるかもしれないが、感傷に浸っているように演じる場面の裏側には、その原因を作った人物への痛烈な皮肉が込められており、その対象は明確な個人というよりも、まさに“Manchild≒未熟な男性”全体へと向けられているように聴こえてならない。性的に奔放なリリックやステージパフォーマンスで知られる(それ自体が保守的な層を苛立たせてもいる)サブリナだが、「Tears」で〈A little respect for women can get you very, very far〉(少しの女性を尊重する気持ちがあれば、それだけで遠くまで行けるの)と歌っているように、あくまでその相手は自身をリスペクトしてくれる人物に限られる。

 発表当時に物議を醸した、まるで自身が“男性のペット”であるかのようなアルバムのアートワークは、それ自体が(収録曲における自身の姿を描いた)皮肉であると同時に、“サブリナ・カーペンター=軽薄なブロンド女性”という安易な構図に当て嵌めることで安心して彼女を消費するような人々に対する痛烈な一撃でもある。それは、まさにかつて最も物議を醸した“that blonde girl”であるマドンナからの伝統にほかならないだろう。

 また、「元恋人とのうまくいかなかった様子をポップソングに昇華する」という点では、アリアナやテイラーといった時代の名手がいるわけだが、アリアナがネガティブな出来事を自身のエンパワーメントへと見事に転換し、テイラーが巧みなストーリーテリングによって聴き手を自らの世界へと引き込む一方で、サブリナの場合は、「自身の感情を率直に吐き出しながら、毒気のあるユーモアを忍ばせることで、より多くの共感を生み出す」という等身大の魅力がある。それは、「アリアナやテイラーみたいに強くはなれないけれど、それはそれとして嫌な男に腹は立つ!」と感じるような、実はきっと少なくない人々に大きな力を与えているのではないだろうか。

 目まぐるしい変化を続ける現代のポップシーンにおいて、アイコニックな存在になるのは並大抵なことではない。だが、サブリナは、かつて自身に向けられた皮肉めいた言葉を逆手にとり、卓越したセンスと70年代~80年代ポップを筆頭とした深い音楽への愛情によって、テイラーやアリアナとはまた異なるポップスター像を確立し、見事に現代を象徴するアイコンとなった。前作から僅か1年で発表された『Man’s Best Friend』は、彼女らしいユーモアとバランス感覚で描く“二面性のある物語”と、トレンドやルールを破ることすら恐れない自由な音楽への探究心、そして、そんな彼女のスタイルに共感する人々によって作り上げられた見事な作品であり、これからも彼女がアイコニックな存在であり続けることを証明する一枚である。

※1:https://www.billboard-japan.com/charts/detail?a=uhot100_year&year=2024

■リリース情報
『Man’s Best Friend』
配信中
配信リンク:https://umj.lnk.to/SC_MBF?dm_i=77HO,H082,6J969Z,2RT9A,1

『Man’s Best Friend』(生産限定盤LP/直輸入盤仕様)
発売中
日本語帯付き
品番:UIJS-7007
価格:¥7,040(税込)
購入:https://umj.lnk.to/SC_MBF

■関連リンク
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