世界各国のフェスが抱える制御不能な問題 『グラストンベリー』でのSZAの“集客不足”から考える

世界各国のフェスが抱える制御不能な問題

 現地時間の6月26日から30日にかけて、イギリス・サマセット州のワーシーファームにて『Glastonbury Festival 2024』(以下、『グラストンベリー』)が開催された。ヘッドライナーを務めたColdplayやデュア・リパによる見事なパフォーマンスはもちろん、The Last Dinner Partyやケニヤ・グレースといった注目の若手アーティスト、意外にも今回が初出演となったアヴリル・ラヴィーンまで、さまざまな出演者たちによる大きな熱狂とともに今年も無事に幕を閉じた同フェスティバルだが、その中で起きた「ある出来事」がインターネットを中心に(ある意味ではフェスティバル以上に)議論を呼ぶことになった。最終日のヘッドライナーを務めたSZAのステージの動員が芳しくなかったのである。具体的な動員人数については不明だが、英・『The Telegraph』によると「これまでに『グラストンベリー』で見たどのヘッドライナーよりも少ない動員であり、Coldplayの4分の1ほどしか集まっていないようだった」と綴られている(※1)。

 SZAといえば、2022年の年末にリリースしたアルバム『SOS』や同作に収録された「Kill Bill」などのシングルが高い評価とセールスを獲得し、今や世界を代表するR&Bシンガーとして名を馳せ、多くのフェスティバルでヘッドライナーに抜擢されるアーティストだ。しかも、そのうちの一つは(残念ながら出演キャンセルとなったが)『FUJI ROCK FESTIVAL '24』である。そういった背景もあり、この出来事は本国を飛び越えて、日本を含む多くの音楽リスナーの間で議論の対象となった。

SZA
SZA(『Glastonbury Festival』Day 5, UK - 30 Jun 2024)

UKが誇る老舗フェスティバルとオーディエンスの需要の不和

 この結果だけを見ると、「実はSZAはそこまで人気がない」という結論を出してしまう人も少なくないだろう。だが、実際のところ、SZAは昨年6月に2万人収容のロンドン・The O2 Arenaにて4日間の単独公演を成功させており、「Kill Bill」を2023年の年間全英シングルチャートで7位にランクインさせるという実績を残している(※2)。それを踏まえると、「いくらなんでも少なすぎるのでは?」と考えるのが自然なのではないだろうか。ここで重要になってくるのが、「単なる大型フェスティバルの一つ」として括ることのできない『グラストンベリー』が持つさまざまな特徴である。

 まず、大前提としてグラストンベリーは50年以上もの歴史を持つUKの伝統的なフェスティバルだ。さらに、その人気は今でも圧倒的で、ラインナップが明らかになっていない時点で販売が開始されるにもかかわらず、そのチケットは発売から1時間も経たないうちに売り切れてしまう。また、ヘッドライナーの傾向についても、大きな目玉となるのはエルトン・ジョン(2023年)やポール・マッカートニー(2022年)、The Cure(2019年)といったUK出身のベテランアーティストだが、一方ではストームジー(2019年)のような地元のシーンを代表するアーティストが大抜擢されることもあるなど「UKらしさ」が重視される印象が強い。国外のアーティストについては、ビリー・アイリッシュやケンドリック・ラマー(ともに2022年にヘッドライナーで出演)など、まさにグローバルスターとして完全に定着しているアクトが登場することが多く、UKのローカルな音楽シーンが大きな軸となったフェスティバルになっている(当たり前といえば当たり前なのだが)。

 その点において、Coldplayやデュア・リパはUK出身かつグラストンベリーとの繋がりも深いアーティストであり、US出身かつ近年急激に躍進を遂げたSZAが老舗フェスでもある『グラストンベリー』のオーディエンスから同等の支持を集めると考えることはなかなか難しい。また、当初はSZAではなくマドンナをヘッドライナーとして起用する予定だったが、出演交渉に失敗したという噂もあり、もしそれが本当だったとすればフェスティバル側としても(こうした状況を理解しつつも)やむを得ない事情を経ての起用だったのかもしれない。

Coldplay
Coldplay(『Glastonbury Festival』Day 4, UK - 29 Jun 2024)

 そうした事情に加えて、『グラストンベリー』は高価なチケット代(355ポンド≒約7万3,000円)や通し券のみの販売、キャンプサイトへの宿泊が前提の立地など、特定のアーティストのファンがカジュアルに参加するには相当にハードルの高いフェスティバルだ(そもそも出演者が発表された時点でチケットは売り切れている。しかもSZAの出演は最終日)。それも、SZAのファン層の中心と思われる若い世代にとってそれは尚更だろう。また、SZA自身、『グラストンベリー』出演の前日となる6月29日にロンドンの『BST Hyde Park』(6万5,000人規模)のイベントにヘッドライナーとして出演しており、こちらはチケット代も比較的リーズナブル(一般入場スタンディング席で90.45ポンド≒約1万8,000円)でカジュアルに参加できる環境であったことを踏まえると、元々のファンは『グラストンベリー』ではなく、こちらに足を運んだのではないかと容易に推測することができる(ちなみにこの公演は特に動員面において取り沙汰されていない)。

 さらに、SZAが出演した時間帯のタイムテーブルに目を向けてみると、『グラストンベリー』との親和性も高いジェイムス・ブレイクやJusticeを筆頭に、The National、London Grammarといった安定感のあるアーティストが並んでおり、客層の多くはそちらに向かったのではないかと考えられる。こうしたフェスティバル自体の特徴と、SZAのファンの動きが相まって、今回のような出来事が起こってしまったのではないだろうか(少なくとも、もし単独公演が実施されていなかったとしたら、状況はもう少し違っていたかもしれない)。

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