日食なつこ、現時点での集大成と止まらない開拓心 “銀化”を体現したツアー『玉兎 “GYOKU-TO”』最終公演を観て

日食なつこ、『玉兎』ファイナルレポ

 誰が予想できたんだ? 日食なつこからの便りはいつも斜め上から降ってくる。まるで流れ星みたいに。「ピアノ弾き語りソロツアー 『令和モダニズム Ⅱ "lapin"』開催決定」ーー素晴らしいライブを見て余韻に浸っているころでスクリーンに映し出されたのがこれだ。歴史的建造物や趣のある会場を回るコンセプチュアルなツアーであり、お察しの通り「Ⅱ」とついている以上は「Ⅰ」があるわけで、前回から数えて3年ぶりの開催である。

 突飛なツアーを行うのは日食なつこの十八番だ。過去にはお寺ツアー(!?)も経験している彼女は、2年前にも植物園(!)を回るボタニカルツアーを行っており、そのフットワークの軽さを武器にどこにでも現れる。そう、日食なつこの開拓心は楽曲制作に止まらない。ライブを行う「場」にも発揮されるその心意気は、間違いなくこの音楽家の魅力だろう。

 ともあれ久しぶりのソロツアーの開催が発表されたのだ。逆に言えばこの度のZeppツアー『玉兎 “GYOKU-TO”』こそ、日食CREWの最初の集大成と言えるのではないだろうか。日食なつこ、沼能友樹(Gt)、仲俣和宏(Ba)、komaki(Dr)の4人が初めて集まったのが2023年の『蒐集大行脚』。そこで得た手応えは昨年の15周年プロジェクト『宇宙友泳』にも引き継がれ、その企画内で行われたほとんどのライブを彼らと共有。この2年間で練り上げられたアンサンブルが今年のアルバム『銀化』、そしてこのツアーで発揮されたのである。

 去年は衝撃的だったが、今回は感動的だった。まずおさらいしておきたいのは、『銀化』の収録曲は昨年の未発表曲ツアー「エリア未来」で披露された楽曲で構成されており(「i」を除く)、1年前に「誰も聴いたことのない新曲」としていきなりライブでお披露目された楽曲群が、今度はアルバムとして皆の元に届けられた状態で披露するのが『玉兎 “GYOKU-TO”』である。いわばこのツアーは「エリア未来」のアップデート版だ。昨年よりも会場のスケールが上がり、アンサンブルも強化され、そしてオーディエンスは楽曲への親しみを持ってライブに臨んでいた。この日の熱気と歓声はまさしく新しい化学反応と言えるものだろう(日食なつこの言葉を借りるなら、それこそ「銀化」ということだ)。

 暗転した会場にエレクトロニカ風のSEが流れ出す。まずは日食なつこが登場。他のミュージシャンのライブではサポートメンバーが先にステージに上がることが多いように思うが、このライブでは彼女が招き入れるように日食CREWの面々が現れる。途端に歓声、楽曲が始まる前から手拍子が起きていたのが印象的である。たぶんみんな待ちきれなかったのだろう。正直、この1、2年ほどはライブに行く度に会場のバイブスが上がっているように思う。

 名曲「0821_a」からライブが始まった。日食なつこが作った音楽の中で、最も魅惑的なイントロを持った楽曲だ(と言い切りたい)。彼女の右手が奏でる旋律はオーロラのように美しく、そしてこの曲は実にドラマチックに展開されていく。宇宙を漂うようなギターの残響、しなやかにして強烈なベースフレーズ、次々と場面転換していくような緩急のあるドラミング、そしてストーリー性を感じる日食なつこの歌が折り重なり、中盤には星々が衝突するような激しい演奏へと突き進む。終盤のメンバー全員(と会場にいるお客さん)で歌われるコーラスまで、日食CREWの魅力をこれでもかと詰め込んだような1曲だ。

 「また会えて嬉しいよ、日食なつこです。ブチ上げる準備はできているのか!」とオーディエンスを刺激して「閃光弾とハレーション」。『銀化』の中でも即効性の高いロックナンバーであり、この曲のエネルギッシュな演奏、そして焚き付けるような歌唱には否が応でも身体が反応するはずだ。そして間髪入れずに「夜刀神」である。神を降ろすような物々しい前奏がムードを引き立てる。視界が覆われるようなハードでサイケデリックな演奏は迫力があり、色気と狂気を兼ね備えたベースプレイもピカイチである。曲が終わる時に告げられる「御愁傷様」の一言まで、カッコよすぎてクラクラする。

 強制地獄旅行のような2曲を終えると、涼やかな場所へと連れていかれる。「日食流インディロック」とでも言いたくなる颯爽とした「風、花、ノイズ、街」、リラックスした音色に癒されるAOR風味の「julep-ment flight」、そしてこれまた飾り気のない演奏が心地良い「どっか遠くまで」である。なんとも長閑な風景が続くではないか。とりわけ印象的だったのは、「julep-ment flight」の〈僕は浅ましい愛で忙しい〉の時に聴かせたチャーミングな歌声だ。いつになく優しい歌い方をしていてびっくりした。こんな歌唱もできたんですね。いやしかし、思えばバラエティ豊かなアルバムになった『銀化』である。当然楽曲の幅広さは、日食なつこの表現力があってこそのものだろう。そしてもうひとつ。「どっか遠くまで」も記憶に残る1曲だ。演奏中スクリーンに映るのは、彼女がこれまで撮り溜めてきた沢山のツアー写真。朝焼け、夕景、木漏れ日、コメダにバーガーキング、そしてバックミラーに映る犬......何しろここ数年で本人が目にして来た数々の景色を元に書いた楽曲である。メンバーやスタッフと共に訪れた街々や自然の映像が、この曲の魅力を一層引き立てていたように思う。こうした視覚的な情報が入るのも、ライブならではの楽しみだろう。

 実際日食なつこの楽曲と映像の相性はバッチリで、会場が大きくなったことによる相乗効果はこうしたところにあるのだろう。廃園を迎えた遊園地を舞台にする「ラスティランド」は、ノスタルジックな映像がピッタリとハマる。寂寞感のあるワルツ調で始まり、終わる頃には激しいアンサンブルへと変幻していくこの曲は、大きなライブハウスでこそ映えるのだ。崩壊する世界を彷徨うような終盤の展開はどうしようもなくカッコいい。

 ここで一旦日食CREWがステージを去り、弾き語りで3曲を演奏。というか、レア曲を聴かせるファンへのサービスタイムだ。Refeeldが手がけたトラックに鍵盤を重ねて歌う「i」、懐かしの「エバーシルバー」、そして驚きの「ルーガルー」のセルフカバー(青山吉能への提供曲)というラインナップである。「自分で歌うことを想定していないから難しい」と言っていたが、「ルーガルー」はどう考えても日食なつこらしい情熱的、かつ挑発的なフレーズが満載のスピード感溢れる曲である。本人が歌っても様になるに決まっている。メロディが良いのはもちろん、この日は力強く弾く左手のフレーズが印象的で、土を蹴って走り出すような勢いを感じた(でも、この曲を日食CREWで演奏したらもっと凄いことになるのでは?)。

 さて、至高の1曲「vacancy」である。ハッキリ言って、去年この曲を初めてライブで聴いた時には美し過ぎて腰を抜かした。真っ暗なステージを照らすのは、日食なつこの足元から伸びる慎ましいライトだけ。彼女の顔は見えない。まるで鍵盤と歌だけが宇宙にぽかんと浮かび上がってくるような弾き語りである。しかし次第に声は熱を帯び、気づけば中盤からギター、ベース、ドラムが合流。空間を広く使ったサウンドはまさに今の日食なつこに相応しいスケールがあり、エモーショナルなアンサンブルが胸を熱くさせる。しかしこの曲の静謐さは最後まで失われない。なんというか、目の前で大きな音が鳴っているのに、むしろ静けさを感じるような不思議な楽曲である。

 ここからはもう終盤、本当にあっという間のクライマックスである。お客さんを立たせて歌った「leeway」からは明らかに会場のボルテージが上がり、「イー アル サン スー!」のカウントで始まった「LAO」はめちゃくちゃ踊れる1曲に。力強く牽引してくれるベースにどことなくニヒルな印象を思わせるギターフレーズ、そしてテクニカルに刻まれる軽快なドラムに華のある鍵盤と、鉄壁のアンサンブルが腰を刺激していく。会場中からコーラスが聴こえる「ログマロープ」ではお客さんとハイタッチする日食なつこが印象的で、銀テープが降り注ぐ演出も相まってこの日一番の興奮が会場を包み込む。以前取材した際には「(この曲を書いたのは)いちばんお金がない時代(笑)」と語っていたが、苦しい時期に書かれた楽曲が今これだけ晴々しい景色を作り出しているのだ。その勢いのまま「五月雨十六夜七ツ星」、「真夏のダイナソー」を歌って終演。もちろんアンコールはなし。最後まで潔いライブである。

  無事に完走した初のZeppツアーである。が、そう遠くない未来にまたこの規模のライブを飄々とやっているのではないだろうか。MCでは「日食なつこの名前でZeppが埋まる未来があったんだね」「ライブハウス育ちとしてはZeppはひとつのゴールだった」と語っていたが、もっともっと突き抜けていく未来を期待したい。MCの中で「最高」を噛んで「最強」と言ってしまった後、冗談まじりに「そうそう、私最強だからさ」と言って笑っていたが、実際最近の彼女の創作には伊達じゃない凄みがあるのだ。

■関連リンク
『銀化』&『玉兎 “GYOKU-TO”』特設サイト:https://nisshoku-natsuko.com/iridescence-gyokuto/
『令和モダニズム Ⅱ "lapin"』特設サイト:https://nisshoku-natsuko.com/reiwa-modernism-lapin/
公式HP:https://nisshoku-natsuko.com/
X(旧Twitter):https://x.com/nsn58
Instagram:https://www.instagram.com/nisshokunatsuko_official/

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