玉井健二が語った“残る人と消えていく人の差” 『agehasprings Open Lab. vol.4』で伝えたプロデュースのノウハウ

昨年末の『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしたOmoinotakeをはじめ、あいみょん、Aimer、back number、yama、Eveなど実に多彩なアーティストのプロデュースや楽曲提供を行っているagehaspringsが、5年ぶりとなるワークショップ『agehasprings Open Lab. vol.4』を、8月2日、東京・Studio 126 Tokyoで開催。この日は音楽プロデューサーの玉井健二が登壇し、第1部ではトゲナシトゲアリのボーカル理名の未公開レコーディング映像を観ながら解説。第2部では実際に2名のシンガーソングライターを招いて、生ボーカルディレクションを行い、ビフォー/アフターでのボーカルの変化を、参加者と共にリアルタイムで体感した。会場となったStudio 126 Tokyoには、プロで活動するボーカリストやシンガーソングライターも集まり、玉井の話に熱心に耳を傾けながらメモを取っている姿も印象的だった。


agehaspringsは、蔦谷好位置、田中ユウスケ、百田留衣など音楽シーンの第一線で活躍するクリエイターを多数擁する。玉井健二は中島美嘉の「ORION」やAimerの「残響散歌」をはじめ、SPYAIR、SCANDAL、JUJU、YUKI、flumpoolなど多彩なアーティストのプロデュースを手がけている。近年の玉井健二とagehaspringsのワークスでもっとも注目を集めたのは、昨年4月にアニメ放送された『ガールズバンドクライ』に登場する劇中バンド、トゲナシトゲアリの全楽曲を含むトータルプロデュースを手がけたことだろう。無名だったメンバーを国内外で人気を得るまでに生まれ変わらせた。第1部では、理名のレコーディング映像を観ながらその手腕に迫った。


まずはアニメ『ガールズバンドクライ』の最終回を彩った「運命の華」のレコーディング風景が流された。優しく柔和な雰囲気で言葉をかけながら、決して妥協を許さない厳しさが映像から伝わる。当時15歳で広島から上京したばかりの理名に、玉井は最初に「覚悟」を確認したという。「彼女は音楽を本気でやりたいと。中学生で決断できるのはすごいこと。だからこちらも超本気です」(玉井)。このディレクションのなかでは「ッ」を意識することや、「生きてる」という歌詞を「生きteる」と歌うことなどが語られており、このディレクションについて玉井は、「日本のポップミュージックは英語圏から影響を受けているから、英語っぽいリズムに則った発音が馴染むんです。長く最前線でやられている人は、みんなここを押さえています」と解説する。


その後も「声なき魚」や「雑踏、僕らの街」「空白とカタルシス」などトゲナシトゲアリを代表するさまざまな楽曲のレコーディング風景が流された。そこで玉井が一貫して語っていたのは、「残る人と消えていく人の差」だ。例えばサビ中のツボ(盛り上がり)をいかにきっちり捉えるか。作った人の意図を受け止め、その上でどうアレンジするか。玉井は、「音楽を好きじゃない人を振り向かせないといけない。そこに人を感じたとき、人は振り向くんです」(玉井)。また「消え際を、淡白に終わらせない。濃い印象を残して次につなげる。これは30年前にも師匠が言ってたこと」と玉井。ボーカルディレクションの基本はいつの時代も変わらない。


第1部の最後では質疑応答。シンガーの方から「優しい歌の場合のコツを教えてほしい」と問われると、玉井は「考え方は同じ」「バラードでもリズムが大事だし、アクセントを付ける場所が変わるだけ」と回答。また「英語っぽく歌うときの塩梅」については、「アニメでハードロック調のときは子音より母音が大事」など説明していた。



第2部では実際に2名のシンガーソングライターを迎え、歌詞をモニターに映し出しながら生ディレクションが行われた。最初は静岡県で活動している「らくなつ」。「台風大丈夫だった?」という話に始まり、名前の由来や影響を受けたサウンドやボーカリストについてなど、優しく会話を広げながら、素の本人をどんどん引き出していった玉井。実際の歌唱に入ると、ヘッドフォンを耳に当て、本人をまっすぐ見つめていたのが印象的だ。ここではA/Bメロとサビの歌い方を変えるというディレクションを行った玉井。最初は違和感を感じていた様子のらくなつも、ビフォー/アフターの違いに驚きを隠せなかった。「きれいに、上手く歌おうと思考しがちだった」とのらくなつのコメントに、「情けなかったりする声が混じってるほうがいいんです」と玉井は解説した。



2人目は紺世晃子さん。土岐麻子、原田郁子、Daft Punkやベイビーフェイスなどが好きだという。玉井は、日本武道館でライブをするという、仮想の目標値を設定してディレクションを施した。「歌唱には抑揚が不可欠です。言葉に強弱をつけ、重要な箇所だけ文字が大きくなるような意識で歌う。艶やかさ、色気―予想を裏切る展開がR&Bの魅力。緩急や意外性こそがブラックミュージックの本質です」(玉井)。他にも歌詞で意識すべきポイントを次々とアドバイスする場面もあった。ちょっとしたアドバイス1つで見違えるように変わる楽曲。受講者は終始感嘆の声をあげていた。


イベントを終え、「今日の絵を思い浮かべながら曲を聴き直し、読み取ったものを自分のノウハウにしてほしい。センスだけで何十年もやっている人はいない。今日みたいな機会は体験資産だと言える。皆さんの資産がもっと増えるように、これからもこのイベントを続けて行きたい」と玉井。「もともと現場のプロデューサーやディレクターと触れてほしくて、現場の空気を体験してほしいと思ってスタートしたイベントです。『agehasprings Open Lab』には、あらゆる知識とノウハウがここに詰まっています」とイベントへの想いを語った。
今回は玉井健二によるボーカルディレクションがテーマだったが、今後は所属する多彩なクリエイターがあらゆる角度から、音楽の現場をつまびらかにしていく。

























