碧海祐人、喪失を抱えながらポップに開けた『光の路』 “豊かさ”との向き合い方の変化も語る

碧海祐人、ポップに開けた『光の路』

「あいしあっていく」という感覚はアルバム全体にある

——「海辺の君、窓際の瓶」はギターと歌を軸にしたオーガニックな楽曲ですが、冒頭に鳥の鳴き声が入ってます?

碧海:そうですね。1stアルバムはエンジニアの葛西敏彦さんにサウンドプロデュースをお願いして、一緒に作る中で録音に関していろんな話をしました。工程が進むにつれて方向性を少しずつ定めていくのが基本的な音の作り方だと思うんですけど、そうじゃなくて、「“この曲はこういうサウンドに仕上げる”と録りの時点から定めるのもいいんじゃないか?」みたいなことも話していて。なので今回のアルバムは録音のときから、部屋の鳴りはどれくらい入れるのか、どういう演奏方法なのか、みたいなこともできるだけ決めておこうと思っていました。「海辺の君、窓際の瓶」で最初にやったのは「窓を全開にしてギターを録る」ということで。環境音を入れたかったんですけど、外で鳴いていた鳥の声も入っちゃったんですよ。ミックスを頼んだbeja(Khamai Leon)は「ずっと鳥がいるんだけど」と言ってたんですけど(笑)、ギターの音と一緒になっているから取り除けなかったんです。

——面白い(笑)。完成したときのサウンドや音像を決めて作り始めるのは、とてもクリエイティブだと思います。

碧海:もともと優柔不断なので、作っている途中でいろいろ試してしまうんです。目指す地点を先に決めるほうがやりやすいし、向いてるかもしれないなと思いましたね。

ーーアルバムの真ん中には「暗夜光路」と題されたインタールードがあって。これは志賀直哉『暗夜行路』のオマージュですか?

碧海:これは志賀直哉じゃなくて、横尾忠則のオマージュなんです。横尾さんのY字路を描いたシリーズがあって、それが「暗夜光路」というタイトルなんですが、前のアルバムを作っていたときからこのシリーズのイメージが頭に引っかかって、今回のアルバムでそれが綺麗にハマったという感じですね。ここから一つの岐路なのかなという感じがあるし、前作でやりきれなかったことを清算できたような気持ちです。「暗夜光路」は自分の中ですごく必然性がある題名だったんですよね。

——「あいしあっていく」についても聞かせてください。先行配信されていた曲ですが、〈愛し合っていく/そっと信じている〉というフレーズが心に残りました。この曲を書いたきっかけは?

碧海:2024年の10月に、何もできなくなった時期があったんです。ライブがあって家を出ようと思ったら、その場で倒れて立てなくなってしまって。行かないといけないのに、どうしよう? って。その頃、自分が限界だなって感じていたんですよね。

——限界というと?

碧海:仲良くしているbejaと話しているときに気づいたんですけど、僕は音楽家としての自分と、プライベートのいち個人としての自分をまったく分けていなかったんです。bejaは青森で小屋を借りるときがあり、そこでピアノを弾いて自分の音楽を作るようなことがあるらしいんです。その時間が本当に幸せだし、それを続けるために東京で頑張っていると言っていたんですけど、その話を聞いたときに「僕には幸福だと思う瞬間がないな」と思いました。ずっと音楽家の自分として生きてきて、幸せに過ごすことを知らなかったし、自分を労わることをまったくしていなかった。自分で“破滅主義”と言ってましたから。

 だけどそれだけではどうにもできなくなったタイミングが、去年の秋だったのかなと。そのときに、もっと自分を大事にしないといけないと思って書いたのが「あいしあっていく」なんです。僕の中にいるもう一人の自分と対話する、つまり、音楽家としての僕といち個人としての僕がお互いに愛し合うという意思を持って共存するというのかな。この曲を書いたことでちょっと心が軽くなって楽になったんですよ。ちょうどそのタイミングでアルバムの全貌を考え始めたので、「あいしあっていく」という感覚はアルバム全体を通してあるんじゃないかなと思います。

あいしあっていく / 碧海祐人 (Official Visualizer)

——実際に生活のスタイルも変わったんですか?

碧海:変わったと思います。西向きの部屋に住んでるから夕陽が沈んでいくところが見えるんですけど、綺麗だと思ったら作業を止めて、紅茶とか淹れたりして。そういう時間をちゃんと過ごすようになったし、豊かさ、穏やかさ、幸福感が奥にある中で制作できるようになったのかなと思います。音楽も変わったし、自分も変わって。すごく救われましたね。

『光の路』の先へと広がるビジョン

——その後の「eureka2」では〈答えなど無いよ ずっと〉と歌ってますね。

碧海:この曲はアルバムの中で一番古いです。2017年くらいに「eureka」という曲を作って歌詞まで完成させたんですけど、「まだこの先がある、この世界の奥がある」と思いました。それを作り直して形にしたのが「eureka2」です。メロディは大きく変わっていないですけど、歌詞はほぼ書き直しました。この曲を説明するのは難しいんですけど……脳みそだけ別の銀河に飛んでいって、それが戻ってきて、僕だけが地球の重大な秘密を知っているみたいな気持ちになることがあって。“eureka”は発見とか気づきみたいな意味なんですけど、そういう状況に対して僕がどういうリアクションを取るか? みたいな曲なんだと思います。

——自分だけが秘密を知ってるって、すごく孤独ですよね。誰にも共有できないんだから。

碧海:そうなんです。その感覚を話すために勉強してきた感じもあるんですよね。もとはといえば、高校の頃に同級生と「宇宙ってなんだと思う?」みたいな話をしたのがきっかけで。「太陽系の形は原子の形と似てる」というところから始まって、ある友達が「太陽系はデカい部屋の影の中にあって、そこに住んでる人がほうきでサッと掃けば、僕らの意識も一瞬で全部吹き飛ぶような気がする」って言い出して(笑)。こいつヤベえなと思いつつ、その感じがなぜかわかるような気がしたんです。自分しか感じていないものがあるんだけど、もしかしたら、どこかの誰かも近いものを感じていて、通じ合っているのかもしれないなとか……やっぱり難しいですね、この曲の説明は(笑)。

——そしてアルバムの最後は「bark!!」。“君”との別れの瞬間を描いている曲なんですが、なぜかスカッとしますね。

碧海:めっちゃ怒っているんだけど、後腐れがなくて、スカーッと伸びていくような曲にしたくて。最後に溜息をついた後、笑い声が入っているんですよ。デモの段階では溜息で終わっていたんですけど、レコーディングでは自然に笑っていて。それも自分の変化だろうし、大事な曲になりました。

——音楽家としても個人としても、このアルバムを作ったことでいろいろな変化があったと思います。『光の路』を作り出したことで、この先の活動のビジョンも広がったのでは?

碧海:音楽を作るのはどんどん楽しくなっているし、もっとポップなこともできると思っていますね。もっとニッチなこともやってみたいし……僕、2月が誕生日なんですけど、来年のそれまでにもう1枚アルバムを出したいと思っているんです。たぶんスタッフには「次はシングルを出していこうよ」と言われると思うんですけど、僕としては「今から次のアルバムのことを考えよう」と言われても大丈夫というか。作っているのが楽しいし、やれることは何でもやりたいんですよね。

——すでに曲のアイデアもあるんですか?

碧海:あります。『光の路』を作った後、8曲分くらいスケッチがあって。最近はずっとインプットの時間にしていて手は動かしてないんですけど、早く形にして聴いてもらいたいなと思ってます。その前に今月は『光の路』のプロモーションを頑張りますけどね(笑)。SNSが苦手なんですけど。

——(笑)。ポップミュージックは、より多くの人に聴かれること、売れるということも大事ですからね。

碧海:それはすごく考えてます。このアルバムでもポップなことはやれていると思うし、まだまだできることはあるので。最初にも言いましたけど、僕はほっといてもポップな曲を作っていくと思うし、そうやって形にし続けていくことで人を巻き込めるんじゃないかなって思っています。うん、売れたいですね。

『光の路』

◾️リリース情報
『光の路』
2025年5月21日(水)リリース
配信:https://big-up.style/wLyG1dN3Ma
<収録曲>
1.感光
2.あてのない旅
3.遠吠え
4.wander
5.真珠色
6.海辺の君、窓際の瓶
7.暗夜光路(interlude)
8.美化
9.カフカエスク
10.alchemy
11.あいしあっていく
12.eureka2
13.かぜ薫る
14.bark!!

X:https://twitter.com/masat_o_mi
Instagram:https://www.instagram.com/masatomi_/
YouTube:https://www.youtube.com/@masatoomi652

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