碧海祐人、喪失を抱えながらポップに開けた『光の路』 “豊かさ”との向き合い方の変化も語る

碧海祐人、ポップに開けた『光の路』

 シンガーソングライター・碧海祐人が2ndフルアルバム『光の路』をリリースした。

 海外のオルタナR&B、インディーフォークや現行のジャズなどを視野に入れながら、手触りはあくまでもJ-POP。ハイブリッドな音楽性によって確実に音楽ファンの耳を捉えてきた碧海。2021年12月に発表した1stアルバム『表象の庭で』以降、EP『うつつの在り処』、シングル『光を浴びて』などによって音楽性を更新してきた彼は、本作『光の路』によって、自らのポップミュージックの在り方を明確に示してみせた。公私ともに様々な変化を経験する中で、碧海がたどり着いた場所とは? 彼自身の言葉で語ってもらった。(森朋之)

2nd Album「光の路」Official Trailer

「以前よりもどんどんポップスが好きになってる」

——2ndアルバム『光の路』、素晴らしいです。ポップミュージックとしての質の高さはもちろんですが、憂いと希望のバランス、そこから感じられる光の加減がとても気持ちよくて。

碧海祐人(以下、碧海):よかったです。ありがとうございます。

——フルアルバムは前作『表象の庭で』以来、約3年半ぶり。この間もリリースを続けてきましたが、フルアルバムには特別な思いがあるのでは?

碧海:ありますね。10曲以上入っている作品をまとめて聴く文化は薄れてきているかもしれないですけど、その中でしか感じられないものがあると思うし、僕自身もアルバムを大事にしたいと思っていて。アルバムにしか入れらない曲もあると思うんですよ。これはリスナーとしての視点ですけど、昔、スピッツやサザン(オールスターズ)のアルバムを聴いていて「なんだこれは?」みたいな曲が入っていたりするんですよ。そのアーティストの癖の強い部分だったり、異物感のようなものも含めて好きだったし、それを深堀りしたときに、また別のものと触れ合えるというか。

——アルバムだからこそ表現できるものがある、と。

碧海:音楽家としての深みみたいなものは、アルバムじゃないと見えないのかなと。今回のアルバムを作っているときも曲数を多くしたくなって、「22曲入りとかどうですか?」って提案したら、さすがに長いと(スタッフから)言われました(笑)。友人にその話をしたら「たくさん入れたいという気持ちはいいと思うけど、聴く人のことを考えてないでしょ?」って指摘されたんですけど、そうだなと思って。どうしてもリリースしたい気持ちが勝ってしまいがちなんですけど、ポップスをやる以上、聴く人のことを気にして作るべきだなと改めて思いました。

——両方必要だと思いますけどね。聴き手に対する意識と、やりたいことをやるという姿勢と。

碧海:そこに関しては、あまりせめぎ合ってないんですよね。根底にあるのはJ-POPなので、すんなり作れるというか。もちろんいろんな音楽の要素が入っているし、自己顕示欲的に変なものができることもあるけど、そういう曲があってもいいと思います。

——音楽的な志向についてはどうですか? この3年半の間に変化した部分もあると思うのですが。

碧海:どうだろう……以前よりもどんどんポップスが好きになってる感じはありますね。今聴かれているポップスを分析するのも好きです。J-POPのトップ100みたいなプレイリストを聴きながら、「この人たち、なんでこんなに人気なんだろう?」と自分なりに解釈していくんです。それもすごく面白いし、以前よりも深く理解できるようになっているのかなと。

——売れているアーティストや楽曲を解析することで、自分の作品へのフィードバックもあるんですか?

碧海:いや、「そういうもんだな」というだけかな(笑)。この要素は使える、と思えば取り入れますけど、それによって変な方向に行かないようには気をつけていますね。

「小さなことで自分の世界が変わっていく」

——なるほど。アルバム『光の路』には既発のシングルも入っていますが、制作が始まった段階でアルバムの全体像はあったんですか?

碧海:全体像は全然なくて、作りながら「何について歌っていて、何を求めているんだろう?」と探していた感じですね。前回のアルバムはかなりコンセプチュアルで、全体の統一感として1本筋が通っていることを意識していたんですよ。今回はそうじゃなくて、作りたいものを作った結果、何が残ってどういう筋が通るのかを見てみたいと思っていました。

——結果的に、今回のアルバムもしっかり統一感がある作品になったような……。

碧海:僕もそう思います。意識しなくても統一感が出ちゃうというか、そういう性格なんでしょうね。

——しかもストーリー性も感じられるんですよね。これは僕の感じ方ですけど、喪失感を抱えた主人公が、光を求めていると言いますか。

碧海:おそらくは僕が“喪失”を感じ取りやすいんだと思います。昔からそうなんですけど、何かがもうない、終わってしまったといったところに感受性がよく働くというか。アウトプットするときにどれだけ明るくポップに振る舞おうとしても、喪失みたいなものが必然的についてくる。そういうところはあるんだろうなと思うし、曲を書くときのベースになっていると思います。

——では収録曲について聞かせてください。1曲目の「感光」は、穏やかな手触りのポップチューン。〈触れられない君にも/触れてしまいたいと思えた朝〉など、未来に向けた意思が感じられる曲ですが、この曲を1曲目にしたのはどうしてですか?

碧海:最初から決まっていた感じはありますね。この曲、もともとは「prism」というタイトルだったんです。僕が住んでいる部屋は西側に窓があって、入り口が東側で。朝陽が昇ると、ドアののぞき穴から光が差し込んで分散するんです。朝まで制作していたり、本を読んだり、ゲームをしていることも多いので、僕がそれを見ることが結構あって、そのたびに「あ!」って思うんですよ。その光は僕にとってとても大事で。そこからやる気になって制作を始めたり、散歩に行きたいような気持ちにさせてくれるんです。光によって心を動かされる、その感覚をかたどったのがこの曲なんですよね。小さなことで自分の世界が変わっていく。そういうニュアンスの曲でアルバムを始めたかったんだと思います。

——アルバムタイトルの『光の路』のイメージにもつながってますね。「wander」にも〈光 滲んでいる街 歩く〉という歌詞があって。シカゴソウル的なビート、エレポップ的な音像などアレンジも独創的ですね。

碧海:「wander」のアレンジは、鋭児のキーボードの藤田聖史さんにお願いしました。今回のアルバムのうち4曲(「wander」「真珠色」「美化」「eureka2」)の編曲はアレンジャーにお任せしていて。より開いていきたいというか、いろんなものを吸収したいタイミングだったんだと思います。今回のアルバムに入ってる曲はメロディも強く、人に任せても破綻しないと思ったし、実際、楽しくやれましたね。それぞれの方が持っているギミックや仕掛けが僕の曲を良くしてくれたので今後もいろんな人に頼んでみたいです。

——まったく想像していなかったサウンドに仕上がることもありました?

碧海:「wander」はまさにそうでしたね。僕が作ったデモ音源はキックの4つ打ちが続く中で盛り上がりを作る感じだったんですけど、藤田さんのアレンジはサビで落とすような形になっていて驚きました。音色もそうですけど、僕には思いつかないアレンジですね。これまでは「自分が自分が!」という作り方をしてきたけど、最近はみんなすごいな、という気持ちになっていて。

——曲作りについても、他者の意見を聞いたりするんですか?

碧海:前よりは聞いていると思います。もっと聞き入れるためには自分の強さが必要なのかなと思ってますけどね。どこかで意見を取り入れても、絶対に崩れない軸、自信みたいなものを身につけていきたいです。

——「真珠色」「あいしあっていく」にはドラマーの石若駿さんが参加。言わずと知れたスーパードラマーですが、碧海さんにとって、石若さんのすごさとは?

碧海:一番のすごさは手札の多さじゃないかなと思っています。演奏の手法や技術がいくらでもあって、それを自由に切れる柔軟さもあって。どんなテイストの曲でも最高の手札を最適な手順で切ってくれると思います。曲を解釈して寄り添う力も桁外れだし、今回お願いした2曲でも僕の想像以上のものを出してくれて、一緒に制作できて幸せでした。

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