Salyuデビュー20周年記念トリビュート『grafting』ライター3名によるクロスレビュー:全18組の新解釈で見出された楽曲の真価

Salyuトリビュート『grafting』合評

 Salyuがデビュー20周年記念トリビュートアルバム『grafting』を12月18日にリリースした。

 神聖なベールをまとった特別な歌声の持ち主として、デビュー当初から注目を集めたSalyu。本作では、映画『リリイ・シュシュのすべて』から生まれたプロジェクト・Lily Chou-ChouやBank Bandなども含め、音楽プロデューサー・小林武史とともに作り上げてきた自身の楽曲をさまざまなアーティストの歌唱を通して新たに解釈することに挑戦。Salyuと親交のあるアーティストや尊敬するアーティスト、Salyuの音楽に影響を受けたアーティストなど全18組が参加した豪華なトリビュート作品が完成した。

 今回リアルサウンドでは、森朋之氏、imdkm氏、永堀アツオ氏、音楽ライター3名による本作のクロスレビューを展開。歌詞やサウンド、参加アーティストと選曲などに注目して、多角的な視点から本作の魅力を伝える。(編集部)

森朋之「楽曲に新たな生命を宿らせる理想的なトリビュート」

『Salyu 20th Anniversary Tribute Album “grafting”』ジャケット
『Salyu 20th Anniversary Tribute Album “grafting”』ジャケット

 映画『リリイ・シュシュのすべて』(岩井俊二監督)に登場するシンガーソングライター、Lily Chou-Chouの歌唱を担当し、シングル「グライド」からその歌声を世に響かせるようになった当初からSalyuは、“holy”としか言いようがないイメージをまとい続けてきた。どんなにシリアスな状況であっても、現実から目を逸らさず、絶望に逃げ込むことも安易な享楽に身を任せることもなく、必ず存在するはずの光の在処を歌によって示す。Salyuのそんな歌の在り方は“神聖”や“尊い”という意味を持つ“holy”という言葉と結びついている(ちなみにholyには口語的に“ひどい”“すごい”という意味もあり、これもSalyuの奔放さと重なっていると思う)。

 Salyuの楽曲や歌声に備わったholyな雰囲気は、リスナーはもちろん、アーティストにもしっかりと浸透している。トリビュートアルバム『grafting』を聴いたときにまず感じたのは、そのことだった。デビュー20周年を記念して、Salyu自身が指揮をする形で制作された本作。桜井和寿(「新しいYES」)、milet(「HALFWAY」)、山内総一郎(フジファブリック)(「Dramatic Irony」)、Chara(「VALON-1」)、アイナ・ジ・エンド(「グライド」)など18組が参加した中から、個人的に心に残った楽曲を紹介したい。

 まずはVK Blanka(ビッケブランカ)による「Dialogue(ダイアローグ)」。原曲はオルタナティブな手触りのギターサウンドが軸になっているのだが、この曲をVK Blankaはピアノとエレクトロ、ストリングスなどを交えたトラックへと換骨奪胎。“対話”をテーマにした哲学的・詩的なリリックに羽を付け、まだ見ぬ世界へ向けて羽ばたくような楽曲へと昇華している。その効果がもっとも良く表れているのが、〈昇る太陽 空に向かって 乾いてる空気を揺らすよ〉というラインだ。

VK Blanka
VK Blanka

 安藤裕子がトリビュートした「landmark」も素晴らしい。中心にあるのは歌声とピアノ。ハーモニー、輪唱など様々な声の表現を活かすことで、自己という深淵に捉われながら〈きっと全部あたしの中にあるよ ずっと〉という決意に至る「landmark」のストーリーを描き出している。歌詞の意味をしっかりと聴き手に手渡すと同時に、日本語の響きとサウンドに溶け合わせる(≒つまり歌を音として捉える)ボーカリゼーションも彼女らしい。

安藤裕子
安藤裕子

 

 ガットギター、サックス、歌による小さな編成で、時空を超えるような思いを表現しているのは、七尾旅人による「飽和」。Lily Chou-Chouのアルバム『呼吸』に収録されているこの曲は、〈I miss you, I miss you/1億光年の果てにもとどいて〉というラインではじまるバラード。遠く離れた“あなた”への生々しい思いを、まるで神話のようなスケールをたたえた歌へとつなげる七尾の歌声を聴けば、歌を紡ぐ人としての類まれな表現力を改めて実感できるはず。声を発するだけで楽曲の世界観を想起させる情報量の多さは、七尾とSalyuの共通点でもあるだろう。

七尾旅人
七尾旅人

 

 坂本美雨の歌唱による「コルテオ ~行列~」にも触れておきたい。〈くりかえす命のコルテオ〉という歌詞に象徴される、命のつながりをテーマにしたこの曲を坂本は、目の前にいる人(あるいは遠くにいる大切な人)に話しかけるように歌う。ピアノと弦楽器によるクラシカルなアレンジを含め、原曲の本質を残しつつ、新たな生命を宿らせる理想的なトリビュートと言えるだろう。

坂本美雨
坂本美雨

 本作『grafting』を通して伝わってくるのは、Salyuと小林武史が生み出してきた奇跡のようなケミストリーの道のりだ。市井の人々の生活に根差しながら、普遍的・神話的な世界にまで広がっていくソングライティング。楽曲の細部までこだわり抜き、緻密に構築されたアレンジメント。そして、小林が創り出す楽曲に溢れんばかりの生命力を与えるSalyuのボーカル。両者の音楽的・人間的な信頼関係のなかで紡がれてきた音楽の世界は、高い志を持って活動を続けるシンガー/アーティストが集まった本作によって、まったく新しい表現へと結びついた。そのholyなフィールドをぜひ、心ある音楽ファンと共有したいと思う。

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