Salyu、一人一人とのつながりを凝縮した時間 2年半ぶりフルバンドでのライブをレポート
12月20日、東京・中野サンプラザホールにて、『Salyu Concert 2017 Trans-magic』が行われた。Salyuにとって、フルバンドでのステージはおよそ2年半ぶりになる。近年は小林武史とのデュオ、そしてフェスやイベント出演が多かったため、ファンの飢餓感もあったのだろう。Salyuとして久しく新曲リリースがないにも関わらず、客席はしっかり埋まった。誰も代わりのいないあの歌声を聴くために、他のどこにも存在しないあの音に浸るために。
深い青に沈むステージに、エスニックなビートと美しいスキャットが響き渡る。幽玄なイントロに続きおもむろに歌い出されたのは、13年前のデビューシングル「VALON-1」だった。もう何度となくライブで聴いた曲だが、シンプルに研ぎ澄ませたリズムと、童女のようにあどけなく揺れる歌声は、初めて聴くようにフレッシュだ。「彗星」では明るい開放感いっぱいに、そしてLily Chou-Chou時代の「飽和」「エロティック」では再び深く沈み込むように。エレクトリックギターのエフェクトやピアノのフレーズで曲間をつなぐ組曲のような構成は、バンドマスター、小林武史のアイディアだろう。「プラットホーム」まで5曲を流れるように、光と影の感情を反転させながら、オーディエンスはSalyuの世界へと引き込まれてゆく。
「今年の締めくくりと、来年の準備に忙しい貴重な時間を、私たちに興味を持ってくださり、足を運んでくださって本当にありがとうございます。今日は久々に、小林さんをバンマスに迎えてのフルバンドの演奏です。どうぞみなさん、最後までお楽しみください」
それまでスツールに腰かけていたSalyuが立ち上がり、力強く大地を踏みしめるビートに乗って「name」を歌い出す。水色のティアードドレスの裾が、ふわりと揺れる。ビートが一気に加速して「be there」から「イナヅマ」へ。椎野恭一のドラム、キタダマキのベース、名越由貴夫のエレクトリックギター、ヤマグチヒロコのコーラス、そして小林武史のキーボードというバンドの一体感は最高だ。原色の灯りが点滅し、スポットライトがぐるぐる回る。エッジの立ったサウンドだが、伝わる空気には人肌のぬくもりがある。
「今年の夏、『Reborn-Art Festival』で、地元のみなさんと歌って踊った新曲があります。夜空をイメージの中に取り込んで、歌いたいと思います」
その新曲「魔法(にかかって)」は、土着的な祭囃子とわらべうたにワールドミュージックの要素を加えたような、過去のSalyuにはなかったタイプ。石巻市での『Reborn-Art Festival』の最終日「リボーンまつり」の舞台では踊り付きで披露されていたというこの曲は、楽しい歌でありながら、震災からの復興を願うメッセージを織り込んだ歌でもある。こういう歌を強い説得力を持って歌えるのは、やはりSalyuしかいない。
ステージ後方の幕に一人ずつの名前が映し出される、洒落たメンバー紹介の間も音は途切れない。一気に明るさを増したステージに、清楚な白のストラップレスドレスに着替えたSalyuが再登場する、ここからがいわば第二部のスタートだ。曲は「TOWER」。ソウルバラード風の壮大な曲調が、まばゆい光の中でゴージャスに輝く。「再生」は小林武史のリリカルなピアノを中心に淡々と物悲しく、「鏡」は椎野恭一の重厚なドラムがリードする、サイケデリックなUKロックバラード風に。かつてのSalyuは、どんな曲でも圧倒的な歌力でねじ伏せるのが常だったが、今は激しい曲では音の波に乗るように、スローな曲では力を抜いてふわりと宙に浮くように、より自然体の歌として響いてくる。
「landmark」は、デビューアルバムの1曲目として世に出た時から、ライブで常にすさまじい緊迫感と高揚感をもたらしてきた曲だが、ピアノとギターと歌でじっくり聴かせるスタイルも素晴らしい。「コルテオ~行列~」も3人の演奏で、星空のように輝く照明をバックに、王道バラード曲をケレン味なく歌い上げる力は圧倒的だ。フルバンドに戻っての「THE RAIN」は前半がスロー、後半はエネルギッシュなロックチューンの二面性を持つ曲で、特に後半の、天を翔けるかの如く舞い上がるハイトーンに鼓動が高鳴る。ねじ伏せようと思えばいつでもできる、Salyuの歌のパワーはまったく底が見えない。
「このライブのための新曲を披露したいと思います。女性の深い恋心を歌った曲です。まだ最終形が見えないんですが、このライブのスペシャルバージョンとしてお送りします」
最小限のリズムに小林武史のピアノとSalyuの歌。装飾を排したアレンジで歌われたのは、そっと心に寄り添う穏やかなミドルバラードだった。女性らしいまっすぐな感情だけを歌うリフレインがいつまでも胸に残る、愛らしい歌。そして本編ラストに歌われた希望の歌「Lighthouse」の、あまりにも純粋で儚いほどの美しさ。今日から新しく生きていこうよ。この歌を歌う時のSalyuにはいつも神々しい気高さを感じるが、この日もまた同じ感動が胸を揺さぶる。なんと豊かな、なんと特別な歌声だろう。
「小林さんに初めてお会いしたのが17の年です。20年という長い時間、いっぱい曲を書いていただいて、本当にありがとうございます」
アンコールで再登場したSalyuが、小林武史に向かってぺこりと頭を下げる。「何を話すかと思ったら、そう来たかって感じ」と、小林武史が笑顔で返す。そうか、このライブは二人の20年を祝福するものでもあったのか。そんな二人だけでのアンコール1曲目は、この夏の『Reborn-Art Festival』で披露した、宮沢賢治をモチーフにしたポストロックオペラ『四次元の賢治‐第一幕‐』に使用された新曲「雪の下のふきのとう」だった。日本的情緒溢れる歌詞と、西洋の歌曲を思わせるクラシカルなメロディとの幸福な融合。それはSalyuと小林武史の間にある特別なマジックを証明する、新たな代表曲にふさわしい。そしてもう1曲、二人だけで演奏した「to U」については、あえて言葉は要らないだろう。2005年に世に出たこの曲は、世の中に悲しい出来事が起きるたびに深みを増し、うれしい出来事が起きるたびに強さを増して今に至る。2017年12月に聴く「to U」は広大な包容力を持ち、悲しいほどに美しかった。
「今年も来年も、いろんなことが起こると思うんですけども、ネガティブなことの中にポジティブなことの種が宿っている、ということを歌った歌です。みなさんが希望を持って生きていく、その背中を押すつもりでお届けしたいと思います」
この夜の最後に披露された新曲は、ゆっくりとしっかりと歩くようなテンポで、心和むメロディを持つ爽やかな1曲だった。スローテンポで明るく締めくくるコーダが終わり、あたたかい拍手がホールを包み込む。笑顔いっぱいのSalyuが「どうか来年も良い年に!」と呼びかける。およそ2時間半の中に、この場にいる一人一人とSalyuとのつながりを凝縮した、素晴らしいコンサート。全キャリアを網羅する選曲に加え、今後の道しるべとなる新曲もいくつか聴けた。2017年から2018年へ、Salyuの世界はさらに広がり続けるだろう。来年にはきっと、もっと多くの新曲を聴けることを楽しみに待とう。
(文=宮本英夫/写真=Taku Fujii)