SARM、EP『IRiS』から始まる新たな道 “今の自分”に初めて正直になれた理由を語る
新たな自覚との向き合い「SARMの強みは歌に歴史を感じるところ」
――ここ最近でSARMさんが強く惹かれている、もしくは強く興味を持っている音楽ジャンルやサウンドの傾向がありましたら教えてください。
SARM:スクリレックスの「Rumble」(2023年)ですかね。あの曲には今までになかった新しい感覚があると思っていて。もともとベースやキックは好きなんですけど、より低周波で深く地鳴りがするような、骨に響くみたいな感じがあるんですよね。これは勝手な印象ですけど、今までよりも人間に影響を与える音を使っているような気がして。自分の身体だったり意識だったりをノックしてくるような感覚というか。「Rumble」に限らず、そういう部分を踏まえて作られている曲が増えてきた印象もありますね。自分の曲でも同じような要素を取り入れていきたくて。歌詞も音も含め、前面的に人を元気にさせるようなアプローチができたらと思っています。
――SARMさんは単に現行のダンスミュージックを取り入れるだけでなく、日本の伝統音楽との融合に挑んでいます。幼少期から日本の伝統楽器や音楽に触れてきたそうですが、現代の音楽と融合するというコンセプトは構想として以前からあったものなのでしょうか?
SARM:自分の血の中にあったものをそのまま無意識に出していった感じです。よくよく考えてみると、母親を通じて伝統音楽を聴いていたり、ひいおじいさんやひいおばあさんが伝統芸能をやっていたり、そういうルーツが自分の意図とは別のところから勝手に出てきたんだなって。最近になってそれに気づいて、より意識的に強く打ち出すようになりました。
――何か動機はあったのでしょうか?
SARM:親しい人に「SARMの強みは歌に歴史を感じるところだ」と言われたことがあって。それでふと自分の先祖のことを考えてみたら、地に足が着いた感覚が身体のなかにあったんです。その時に「あっ、ひらめいた」と思って。これが自分の真実というか、本来の自分なのだろうと思えたんですよね。そうやって自覚し始めてから伝統芸能の方がまわりに集まるようになってきて。
人間国宝の能楽師の方の稽古場に連れて行ってもらった時、少し手を動かすだけで風景が一気に変わることに衝撃を受けました。ちょっと手を動かしたら海が見えたり山が見えたり、そういう光景が見えたと感じた時に自分の感情とは裏腹に号泣してしまって。先祖が喜んでいるような感覚というか、奥行きのある感情が湧き上がってきて、涙が出てきたんです。これはもしかしたら日本の伝統音楽の継承は自分がやらないといけないことなのかもしれないと思って、以前からやっていたけれど、より自覚を持って意識的に取り組み始めました。
――「D♡VE QUEEN」と「Ai ga shitaino」を経て作り上げた今年4月リリースの「Tefu Tefu」ではドラムンベースを導入するとともに和楽器や和音階を大々的にフィーチャーしていました。この曲でSARMさんが標榜する「日本の伝統音楽と現行のダンスミュージックとの融合」が早くもハイレベルで達成できたように思います。歌詞やトラックも含め、この曲はもともとどういうビジョンで作っていったのでしょう?
SARM:歌詞を書いていくにつれて、自分の周囲の亡くなった方やおじいちゃんのことを思い出して。自ずと弔いの曲になっていきました。歌詞を書いているあいだはものすごく集中することができて、1~2時間ぐらいで歌詞が浮かんできて一日で書き上げて。音楽的にも、今の自分ができる範囲できれいに形にすることができたと思います。今後のことも視野に入れると、音階だけでなくいろいろな楽器も使って表現していきたいですね。
――ドラムンベースと日本の伝統音楽の融合という点において、プロデューサーの冨田ラボさんとの作業ではどんなところに苦心しましたか?
SARM:ドラムンベースに馴染む音色を探っていきながら、本当に完璧な音を提示してもらえました。冨田さんとは早い段階で感覚を共有できたんです。自分のビジョンははっきりしているつもりだったんですけど、冨田さんがそれを大きな器で受け止めてくれたということなんだと思います。森林のなかで風を浴びる時の気持ちよさってあるじゃないですか。その気持ちよさだけでなく、神秘性みたいなものも音で表現したいとお伝えしたら、あのトラックが送られてきたんです。
――今回のEP『IRiS』収録の新曲、まずは「高級フレンチよりあなたとつくる深夜のフレンチトーストがすき。」ですが、「Tefu Tefu」からさらに新しい境地に進んだ唯一無二のスタイルを獲得したと言っていいと思います。プロデューサーにChaki Zuluさんを起用した経緯を教えてください。
SARM:Chakiさんは2年前ぐらいに知人に紹介してもらって。EPを制作する話があがった時、すぐに彼の顔が思い浮かびました。前々から一緒に何かできたらとは思っていたんですけど、直接連絡したら「やりましょう!」って即答してくれて。ただ、曲のビジョンは全然なかったんです。セッション的に作っていった感じでしたね。Chakiさんがいろいろなコード弾きながら「あ、今のがよかった!」みたいな。それで私が勝手に歌い出したら「今のメロディを録っておこう」って。そうやって作業を進めていきました。
――その場のひらめきや即興が曲作りに反映されていった、と。この曲のいい意味でのどこに連れて行かれるのかわからない感覚は、そういう曲の成り立ちにもとづいているのかもしれません。
SARM:そういう感覚は自分も好きですね。そう思わせる部分が出せたのもうれしいです。
――本当に何から何まで独創的で、どういうビジョンのもとに曲を作っていったのか不思議に思っていたんです。
SARM:この曲のために丸一日かけてセッションして。それでできたトラックとメロディを聴きながら思いついたテーマをもとに歌詞を書いていきました。ただ、歌詞も結局フリースタイルになって。メロディに対して言葉を詰めてみたり、ストーリーに沿ったものでありながら耳触りのいい音の言葉を選んでいったり、そういう感じですべてをセッションで作っていきました。もともと「地球最後の日」というテーマだけはあったんですよ。地球最後の日にどうしたいか、そのテーマとざっと簡単に書いた歌詞だけ持って行って。
――そのテーマはどこからきたものなのでしょう?
SARM:音にインスパイアされた感じですね。そういう極限状態に置かれた時、人間は何を考えるだろうと思って。逃れられないことが起きた時に自分は何を優先するのか、思ったことを歌詞に書いていきました。
――これまでの楽曲と違って「高級フレンチ~」は作曲だけでなく作詞にもChaki Zuluさんのクレジットが入っています。彼とともに歌詞を作り上げていくことによってどんな効果が得られましたか?
SARM:音ハメに関しては最初から伝えられていて。今までになかった部分、自分になかった部分というよりは、自分にそもそもある素の部分を思いきり出されたようなところはありますね。いつもの自分はちゃんとした服を着ているけど、この曲はパジャマ姿の自分が出ているみたいな。寝起きの感じというか、パジャマ姿の素の部分を引き出してもらった感じはすごくあります。
――ガリレオ・ガリレイの名前を交えたフックのインパクトも強烈です。
SARM:これも即興から生まれたものですね。「IRiS」のMVのサビの部分にもガリレオ・ガリレイが出てくるんですけど、昔から夢のなかによく出てきていて。そんな流れから死んでもなお自分が思っていることや信じていること、それを貫き通したことの象徴として曲のなかにガリレオ・ガリレイを置いてみようと思いました。自分が死んでも意識は宇宙のなかに残り続けると思うので、どれだけ免れられないようなことが起きてもガリレオ・ガリレイの思考と同じように自分は愛を貫き通したくて。そういう思いで歌詞を書きました。